2017年10月14日

3つの違い

今日は朝から事務所に出かけて、一日中、経営診断レポートの作成でした。もうすぐこの仕事も丸10年になるので、やるべきことはよくわかっています。しっかりしたアウトプットを出すために必要だった今日のプロセスは、自分の中でいろんな情報を蓄積していって、気持ちを高めながら、書く準備をいかに整えていくかということでした。それさえできれば、あとは集中力を高めることだけがポイントになってきます。

ところで、事務所に向かう途中の六甲道の駅前では、選挙戦真っただ中とあって、とある陣営の演説が続いていました。
曰く、「この選挙は、平和と民主主義を守る戦い」だと。
その点には、同意です。

しかし、そのための手段というか、道筋が私とはまったく違います。
なぜそんなふうになるのかといえば、次の3つの要素が絡んでいると思います。

@「ものの見方・捉え方」の違い
A「思考プロセス」の違い
B「情報の質」の違い

このうち、@とAは教育、Bはマスメディアによる影響が大きいと思います。

私も戦後教育にどっぷりつかってきたのですが、どこかで今日の辻立ちの人達と、上記の@〜Bが違ったのでしょう。
振り返ってみると、少なくとも10年前の私はこんなことは少しも考えていませんでした。中小企業診断士の試験に通ることや、何とか仕事を掴むことで精いっぱいだったのと、何よりもまだ日本を取り巻く状況が平穏だったからです。要は、危機感を感じなくても、みんなが幸せでいられた時代だったのですね。周りの国々の力が、いまほどではなかったから。

PS
診断レポートの作成は明日も続くので、今夜は自宅でちょっとゆっくりしたいと思い、久しぶりに映画をレンタルしました。もともと、週末は映画、とくにサスペンスものを夜中に一人で観るのが大好きなのです。
あまり事前情報なしでレンタルした映画なのですが、面白いかな!?

IMG_8709.jpg


IMG_8710.jpg


IMG_8711.jpg


IMG_8712.jpg

posted by y.i at 00:00| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

真の権力者は誰なのか!?

昨日は、この前の記事で記載したような状況で帰宅しました。そしてテレビのスイッチを入れたら、報道ステーションで党首討論をやっていました。これに関して、感じたことが二つあります。

その二つの前に。
討論会の中で、安倍首相が「メディアでは事実が報道されていない」旨を発言していました。おそらく、”生出演という、メディア側が編集ができない状況の中で偏向報道を指摘する”という方針だと思います。他の討論会でも、同様の発言が見られましたから。
それはまさしくそのとおりで、私が書いた7月10日の記事を改めて紹介するまでもなく、偏向振りはひどすぎたと思っています。7月10日の「報道ステーション」では、加戸元愛媛県知事の閉会中審査での答弁はまったく報道されませんでしたから。
同番組では、前川氏(ご本人自身は、すでに過去の人になりつつありますね。メディアからすれば、そのとき使える駒でしかなかったのだと思います。)の発言ばかりを取り上げていました。

こうした状況は他の番組でも同様で、「放送法遵守を求める視聴者の会」によれば、テレビが取り上げた加戸、前川両氏の発言時間は、次の通り、大差があります。

IMG_8634.JPG

しかし、昨日の番組の中で、アナウンサーは「それは紹介しています」と発言していました。やってもいないことをよく、「やった」と言えるものだと思います。
末端かつ隅っこではあったけれど、元報道人の端くれだった私としては、信じられない思いです。今の時代は、ネットですべて流通するし、保存されているというのに。
私が若い頃に憧れて、21年間をすごした報道界がここまで落ちてしまったか、という思いです。

ところで、番組を見て感じたことの一つめは、まるで公開の場での(あまりいい言葉ではないですが)吊し上げを見せられているようだったということです。「党首討論会」といいながら、半分以上の時間がモリカケ追及に費やされていましたから。私には、普通の生徒を体育館の裏に呼び出して、不良仲間がその生徒を一方的に攻め立てている図にしか見えませんでした。

キャスターもコメンテーターも、”もし自分がジャーナリストだと思うなら”、決定的な証拠や証言を、自分たちの力で取ってくるべきだと思います。
それをしないで、「総理が証明するべき」と言いつづけるのは、この後に示す権力者の行動と全く同じです。

そのもう一つというのは、この討論会を見ていて、ある人物を思い出したことです。その人物の名前は、エルヴィン・ロンメル。”砂漠の狐”と言われた、ドイツ軍の将軍(元帥)です。

ロンメルは、第二次大戦のヨーロッパ戦線およびアフリカ戦線における英雄でした。ドイツ軍だけでなく、連合国からも知将として一定の尊敬の念を持たれていました。
しかし、シュタウフェンベルク大佐によるヒトラー暗殺未遂事件のあと、ロンメルもヒトラーから、暗殺首謀者の一味の一人だとして、あらぬ疑いをかけられます。その理由とされたことの一つは、ヒトラー暗殺派の一人が死の間際にロンメルの名前を口走ったことだったりします。(首相と理事長が友達だったというだけで、疑惑とされている状況と同じです。)

ロンメルはもともと根っからの職業軍人であり、ナチでもなければ、反ヒトラーの急先鋒でもなかったのだと思います。しかし、時の権力者であるヒトラーから掛けられた疑いに対する身の潔白を証明する術がないと知ったロンメルは結局、強制的に自殺させられました。別の言葉を使えば、粛清されたということです。

これと同じことをしたのが第2次大戦中、ソ連の絶対権力者であったスターリンで、この権力者のために無数の無辜の人々が粛清されました。

何が言いたいかといえば、要は「権力者はその脅威となる相手に対して、自らが決して証明できない疑いをかけて、これまでにたくさんの人々を抹殺してきた」ということです。

私の理解では、今、国民の目の前で展開されている状況は、これとまったく同じです。
今回でいえば、権力者は政府でも政権でもなく、新聞・テレビといったメディアであり、自分たちの生存環境を脅かす相手を、正当な根拠なく、排除しようとしている状況だと思います。

もう少し別の見方をすれば、現政権が新しい価値観をもたらそうとしていることに対して、新聞・テレビといったメディアが、抵抗勢力になっているということです。
実はこれは、企業支援の現場でも、よく見る光景です。







posted by y.i at 22:08| メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

外科のお医者さん

一昨日、父が路上で転んでしまったのですが、その際に肋骨を3本折った上に、それが影響して肺が損傷してしまっていたことがわかりました。
それで、今日の夕刻から手術が行われたのですが、幸い、損傷といっても小さなキズだけだったようで、2時間ほどで無事に手術は終わりました。

術後に、執刀してくださった若い先生が丁寧に状況を説明してくださり、今後のリハビリ計画についてもアドバイスしてくださったので、とてもありがたかったです。
こちらは、帰り際の神戸市民病院のエントランス前。

IMG_8538.JPG


2時間ほどの手術といっても、父は昭和3年生まれなので、たぶん全身麻酔を受けるだけでもそれなりの負担だったろうと思います。でも、今は手術の技術力も上がって、患者に極力、負担にならない方法がいろいろ開発されていて、きっとこの若い先生もそうした研修をたくさん受けてくださっているんだろうなと思いながら、お話をお伺いしました。
その先生のお話をお伺いしながら、この方も、こんなドクターになってもらえたらうれしいな、と勝手に思い起こしていたのが2人の著名な外科医の先生。

お一人は、天皇陛下の心臓手術を執刀された天野篤先生です。この方の「熱く生きる」という本は、私の机の上の目の前に置いたままにしています。
この方の熱い志と姿勢に、仕事中、いつも背中を押されています。

51B-ce4IfUL._SX344_BO1,204,203,200_.jpg

もうお一人は、山高篤行先生です。この方は、元々何事にも「自分にできるのか?」と不安が強くあり、だからこそその不安を乗り越えるために徹底して準備をしなければ気が済まないという方です。
どちらかというと、もともと自信家でも何でもない私としては、山高篤行先生によりシンパシーを感じています。

ただ、ご両名に共通しているのは、常に努力を怠らないということ。
これだけは間違いありません。

PS
いいのかどうかよくわかりませんが、youtubeで、プロフェッショナルの放送分が結構見れてしまいます。
山高先生の放送分など、仕事の合間のちょっとした時間に、私はちょくちょく見ています。


posted by y.i at 00:00| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

祝・カズオ・イシグロ

今年は春先からずっといいニュースがなかった、というより悪いニュースばかり聞かされつづけてきたように思うのですが、今夜はいいニュースが聞けました。

私の自宅の書棚には、ビジネス書のコーナーとは別に小説の一角があるのですが、そのまた一隅に自分がこれまでにもっとも愛すべきと思った小説を並べた場所があります。数は、6〜7冊。その中の一冊が、カズオ・イシグロの「日の名残り」です。
だから率直に、今夜のニュースは嬉しかったです。

51XAP48A79L._SX322_BO1,204,203,200_.jpg

私がこれまでに読んだカズオ・イシグロの小説は3つだけなのですが、「日の名残り」は秀逸だと思っています。
最初、物語りは淡々と進みます。その間ほとんどアクションも何もないので映画になんかしたら(実際、アンソニー・ホプキンス主演で映画化されましたが)、ひまで仕方がないのでは!? といったストーリーです。でも彼の文章に接していると、次々ページを繰ることができます。そして、行ったこともないイギリスの田舎の風景や邸宅内の様子が手に取るようにわかるんです。
そして、なんといっても素晴らしいのは最後の数ページです。この数ページのために日本語の文庫で300ページが綴られているのだと思います。
ぜひ皆さんにも手に取って、読んでみて頂きたいと思います。それは、誰にとっても大切な、人生の意義を見つめる瞬間になると思います。

一方で、じつはこの数カ月、私の中では別の意味でこの小説を何度か思い起しながらすごしてきました。
それは、「だれがダーリントン卿なのか!?」という命題につながります。

この小説の主人公は、執事です。その執事が仕える主がダーリントン卿という貴族なんですね。そのダーリントン卿は、彼なりに必死に努力して、祖国英国のために尽くそうとします。時は第2次大戦勃発前。ナチスドイツがヨーロッパを席巻し始めたときであり、チェンバレン首相が宥和政策をとっていた頃だと思います。小説の中で、ダーリントン卿はどちらかといえば宥和的な(つまり、「話し合いで解決しよう!」といった)スタンスでした。しかし、実際にはナチスドイツは侵略を続け、ダーリントン卿の努力は結局水泡に帰す、というより、祖国英国にとって大きなマイナスの影響を与えるだけの結果に終わってしまいます。
そして、そのことを悔やんだダーリントン卿は、不幸な死を迎えます。

今の日本も同様に北朝鮮危機の中にあり、それぞれの立場・考えで平和への道筋を真剣に考えているのだと、私は理解しています。(ずっと前から、中国危機も並走しているのですが。)
しかし、真剣に考えたとしても、時に大きく道を誤ることがあります。ダーリントン卿のように。
そんなふうに道をあやまる(あやまっている)のは結局自分なのか、それとも自分と違う考えに立つ人たちなのかということを、ここ数か月間、自問自答してきた次第です。

追伸
それにしても、日本のメディアは彼のことをこれまでまったく話題にもしてこなかったのに、いきなり”長崎生まれ”だとか・・・なんだかなぁ。
ただ個人的には、「南京大虐殺が30万人の被害者をもたらした」などと無責任な文章を書く村上春樹氏が取らなくてよかったと思っています。

追伸の追記
村上春樹氏も好きな作家の一人ではあります。特に初期の作品は若い頃によく読んだし、舞台が神戸だったりするのでそれなりに思い入れはあります。しかし、ノーベル文学賞との関連でまず思うのは、上述のとおりです。また、近年の作品は力量がだいぶ落ちていると思ってもいます。「1Q84」は、私は最後まで読了できませんでした。

posted by y.i at 00:00| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

仕事をきちんとやることの、貴さ。

この週末は、久しぶりに鮎釣りに出かけていました。
朝早く起きて、だいぶ遅くなった日の出が神戸の湾岸線を明るく照らし始める頃に、自分でポットに入れた熱いコーヒーを飲みながら車をびゅん!と飛ばすのは、とっても自由になれたような気がして、仕事の充実感とはまた違う、とても大好きなひと時です。
常に、人と相対するサービス業を営んでいる私が自分でいうのも何なのですが、元々、私は一人で自由気ままに行動する方が好きなんだなと思っていて、そんな自分を再確認するひと時でもあったりします。
(もちろん、仕事モードに入っているときはまた別なのですが。。)

久しぶりの晴天。水況はじめ、申し分のない釣り場環境。
そんななかで、こんな釣り場で

P1010005.JPG

こんな鮎(釣りたての野生の鮎は、胸がまっ黄色なんですよ)を釣って楽しく過ごしていました。

P1010011.JPG

相変わらずあんまり釣れなかったけれど、やっぱり川辺で過ごす一日は最高です。

で。問題が起こったのは、その帰り道。
川沿いのダート道を、スピード上げて走っていたら、ど〜んと大きな石か何かに乗り上げる感覚があり、その後に”ずん!”と沈み込んでしまって。。。
すぐに「やばそう」と思って車を降りてチェックしてみたら、右前のタイヤがぺしゃんこ! でした。

それで、きょうのこのブログでお伝えしたいことの本筋は、ここからです。
とにかくJAFに電話して、状況説明したんですけど、受付てくださった女性のオペレーターの人はとっても丁寧でした。非常にテキパキしていたし、なにより、「いま、どこにいらっしゃるんですか」「(私が状況を伝えたあと)安全なところにいらっしゃって、よかったです」と言ってくださったことが、とても好感できました。
そして、その方によると、50分くらいで救援の方が来てくださるとのこと。

川沿いの細いダート道で車が止まってしまったので、JAFの方がわかる表道まで出なきゃ! と思ってとぼとぼ歩いて行って。そうしたら、近くの民家の犬にひたすら吠え続けられて。そうする間に、周りに何もない、田舎の道はただの闇空間になりつつあり(まだ6時過ぎなのに!)、しばらくこんな場所で一人っきりでじっとしていました。

PA010034.JPG

でも、待っている間に、修理を担当してくださる男性の方からケータイに確認の電話がはいり、20〜30分くらいで着くと思いますと連絡をいただいたとおりに、到着してくださり、その後はレッカー移動してその方の工場にチェックイン。

要は、連携も含めて、途中のプロセスがとっても、きちんとしてるんです。

IMG_8104.JPG

あれこれ診てもらって、タイヤ交換や整備をしてもらって、ほぼ1時間くらいして自力走行が可能になりました。

そして、改めて実感したことは、
「日曜の夜に、いきなりの対応なのに、こんな田舎でとっても規律的にコミュニケーションがありその約束通りに作業が進んでいく。現場に来てくださった方は、真面目にきちんと仕事をしてくださる。」
私は世界のあちこちを巡ったわけじゃないけれど、これってやっぱり、日本人の強みじゃないかなぁと、再確認しました。

この時もそうだし、最近とくによく感じることなのですが、人って自分の専門分野以外はほんとに無力なんだなって思います。中小企業診断士という資格は、最近すこし認知度も上がっているようで、私なんかでも経営者の方々に先生と呼んでいただいたりしています。でも、私たちが実際にできることは、世の中の仕事全体からみるとほんの一部分で、だから私たちはもっと謙虚にならないといけないって思います。
今回で言うと、救援にきてくださったJAFと契約している地元の修理業者の方がいなかったら、私は途方に暮れたままだったと思います。

そんな困った状況の私に対して、その修理業者の方は、てきぱきと私の車の診断をし、必要な処置をきちんとしてくださったんですね。ただこれだけのことといえば、それまでなのです。まったく。
多分30代の頃の私だったら、ここから何の学びも得ていなかったと思います。

いまは。
人が、自分がやるべき仕事をちゃんと定めて、やるべきことをやり、結果としてだれかのためになる。
そういうことの大切さやありがたさを、とても理解できるようになったと思っています。


posted by y.i at 23:12| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月30日

人間力の第一

毎月、最終水曜に私が主催するささやかな勉強会「六甲営業道場」ですが、今月は私の仕事の都合で一日前倒しをして、火曜日に開きました。”ささやかな”というのは誇張でもなんでもないのですが、その分、私が思ったり考えたりすることを、営業だけに留まることなく、経営面も踏まえて自由にお伝えさせていただいています。
そんな六甲営業道場の今回のテーマは、「人間力」でした。

その勉強会の場で何冊かの書籍をご紹介させていただきました。
その最初のものが、「夜と霧」と「エンデュアランス号漂流」でした。

41X13RTCGRL._SX310_BO1,204,203,200_.jpg

51GR16SM17L._SX334_BO1,204,203,200_.jpg

今回の道場での冒頭、私は「皆さんなりの人間力について、少しでも理解を深めていただければ、それでOKです」とお伝えしました。
ですので、上記の2つの書籍は私なりに考える人間力に資する書籍だと思っているものです。

そもそも、人間力という言葉自体そんなにメジャーなものではないと思います。また、人によってはうがった受け取り方をする人もいるかもしれないし、何をどう定義するかもいろいろなのでしょう。
ただ、私としては人間力という概念やそれについてしっかりと考えを深めようという姿勢を持つことは、とても有意義なことだと思っています。

そんな私が人間力の第一、というかベースに成るべき価値観であると考えたのが、「根源的な生きる力」であり、その考えを具体的に示してくれているのが上掲の2冊です。

PS
もちろん、この後にも重要な価値観が続いていきます。




posted by y.i at 00:00| 経営全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

情けない話。

私自身が書いた過去の記事の振り返りが続いてしまいますが。。。

7月10日に「加戸前愛媛県知事の言葉」という記事を記しました。
この記事の中で、報道ステーションのキャスターの写真とともに、「常々思うのですが、この人たちは自分の仕事の意味を本当に理解したり、仕事に誇りや矜持を持ったりできているのでしょうか。
私には、そうではなくて、『会社(放送局)の”恣意的な方針”に沿うこと』〜中略〜が大きなテーマの一つになっているだけのように思えます。」と記しました。
書いたあと、我ながら、相当辛辣に書いてしまったな、と思ったりしていました。しかし、これが私なりに考えた実感なのでした。

そんな私の実感が、誰の目にも明らかとなったのが、一昨日のTBSのニュース番組内での出来事でした。
すでにネット上ではたくさん話題になっているのですが、「ニュース23」というその番組の中で、安倍首相とのインタビュー中に、キャスターの耳元にあったイヤホンから、「2人でモリカケ!」という声が大きく響き渡ってきたんですね。これは、本来は拾ってしまってはいけない音声だったのですが、果せるかな、その音声が流れた途端、男性と女性2人のキャスターは慌てて安倍首相の話を遮って、いわゆるモリカケ問題を追求しようとし始めました。

このキャスターなる人は、元々は”新聞記者として鳴らしたとされる人物”。本来ならまともなジャーナリズムを体現すべき大人が、テレビ・ディレクターの操り人形でしかなかったという、本当に情けない話です。
ここで私の実感をさらに書くとまた辛辣になってしまいますが、このキャスターさんにはサラリーマンの悲哀のようなものを感じてしまいます。しかし、もし政治家が命がけで仕事をしているのであれば、そうした政治家を時には批判する立場にあるジャーナリズムに関わる人間も同様に、命がけで、例えば自らの雇用主であるテレビ局とも対峙すべきであると思います。
ジャーナリストが、今回のように操り人形のままで仕事をするということは、自らの仕事を軽んじているというか、読者や視聴者への裏切りだと私は思います。

この「2人でモリカケ!」というキーワードで検察すると簡単に、その経緯や画像を知ることができるのですが、その過程で加えてわかったことは、他の党首にインタビューする時にはそんなイヤホンは付けさせられていないのに、安倍首相とのインタビューとのときだけはそのキャスターはイヤホンを付けさせられているということ。

しかし、”情けない”だけで片づけらないのは、その直前の「東京都議選の結果を見て、思うこと」の記事で記したように、こうした恣意的な操作で私たちの世論が簡単に変わってしまうということです。

私たちの世論が変わるということは、大切な、私たちの将来の社会が変わってしまうということですね。

衆院選を控えていながら、こうした矜持や志なき印象操作が行われているのが日本の報道界の現状です。したがって、私たちが理解しておくべきメディア・リテラシーの第2は、「”現状の”日本の報道界の実態は、今回のように、ジャーナリズムの正しいあり方に沿ったものではないと知ること」だと思っています。

   

posted by y.i at 22:49| メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

経営コンサルタントの視点で考えてみる・少し修正しました(緑字部分)

これまでに何度か、このブログで「国造りも、会社造りも同じ」という考えを記してきました。最初は、昨年6月に書いたこの記事です。
そして今は、その思いをさらに強くしています。
要は、経営コンサルタントとしての知見を活用して、今の私たちの社会や国が置かれた状況を見つめると、とても理解しやすいということです。

例えば、経営学で学んだ理論の一つに、「ゆでガエル症候群」なるものがあります。これを簡単に説明すると、「カエルを熱湯の中にいきなり放り込むとびっくりしてすぐに逃げ出すけれど、最初は普通の水に浸けて、徐々に温度を上げていけばカエルはそのことに気付かず、最後は茹で上がってしまう」という話です。これは大抵の場合、大きな組織の意識を変革させることの難しさを理解するときに学ぶ理論です。

この理論が私たちの社会や国にどう適用できるのか。
おそらく多くの方がすぐに理解されるのではないでしょうか。つまり、今の日本がまさしくそのとおりなんじゃないだろうか、ということです。

今日、私はフランスのスポーツ担当大臣が韓国で開かれる冬季オリンピックに選手団を派遣するのを拒むという小さなニュースを目にしました。また、どこか外国のバンドが9月に日本に来るはずだった演奏公演をプロモーターがキャンセルしたというニュースも目にしました。
つまり、世界の普通の感覚の人達からすれば、私たちが住むこの地はあり得ないほど危険だと認識されているということなのでしょう。
ここでは、フランスのスポーツ担当大臣が突然、熱湯に放り込まれたカエルですよね。もう一方といえば、私たちのことです。

2014年8月に書いた「終戦記念日」という記事の後半で私は、
「市長をはじめ、多くの日本人が、戦後ずっと平和だったと考えていると思います。
私もそうでした。でも、本当にそうなのでしょうか。
北朝鮮という国は、ずっと戦争をしている意識で様々な活動を行っています。当然、日本に対してもです。その結果、多くの日本人が拉致されてしまったのは周知のとおりです。」
と書きました。(この部分の初出が3年前でした。)
正直なところ、こうした考えを得たのはここ3年ほどのことなので、私自身がこれまでずっとゆでガエルになりつつあったんだろうな、と思っています。

ところで、こんなふうに茹で上がってきたのに、どうして誰も気づかずにずっと時間が経ってしまったのかということを考えると、そこにメディアが果たした役割は果てしなく大きいと、やはり考えざるを得ません。
(もちろん政治家の果たした役割も大きいでしょうが。)
私が考えるのは常に、正しいジャーナリズムが育っていれば、それは世の中の役に立つはずだという視点です。しかし、既存の新聞社やテレビ局がそのような役に立っているとは到底思えないのが、現実だと思っています。

というよりむしろ、日々、新聞やテレビは私たちをゆでガエルのままにしておこうとしているようにしか、思えないですね。それはなぜかというと、以前にも記しましたが、読者を変えてしまうと、自分たちのビジネスが成り立たなくなることを本能的に理解しているからだと思っています。

そんな「ゆでガエル」化を促進するための言葉だと思う例をひとつ。
「今はもっと話し合いをするべきときだ。」
よく社説の末尾の言葉で見かけますね。
いままでさんざんこうした言葉を見かけてきましたが、現実は悪化するばかりで推移しています。なぜそうなってしまうかといえば、こうした社説は綿密な分析のもとに書かれたものではなく、ただ常套句として使われているだけだからなのでしょう。
私たちが気をつけないといけない、つまり「メディア・リテラシー」を発揮しないといけないのは、盲目的にこうした言葉を信じるのではなく、自ら論理的に判断する力を持つということです。
これが、これまでに何度も私が使った「メディア・リテラシー」に関して、お伝えしたいことの第一です。


posted by y.i at 00:00| メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

カーチョエぺぺ・ちゃれんじ。

皆さんは、”カーチョエぺぺ”をご存知でしょうか。
これは、パスタ料理の名前です。
イタリア料理屋さんでも、あまり見かけない名前なんですが、たぶん本国ではだれもが知っている有名な料理法だと思います。
私はサラリーマン時代から、パスタ料理の中ではこのカーチョエぺぺが一番のお気に入りなんですが、これを食べられるお店が心斎橋にあったので、仕事の合間に定期的によく通っていたものでした。
そのお店で初めて知ったカーチョエぺぺというのは、基本的にパスタ、チーズ、黒コショウという3つの素材だけで作られた料理です。そんなふうにものすごくシンプルなんだけど、私にとっては病みつきになる味でした。よく、「釣りは、鮒に始まり、鮒に終わる」と言いますが、そんな感じでしょうか。。。

・・・違うかな。
っていうより、よくわからないたとえかな、と思いますが、要は「シンプルなものこそ、より奥深い」というようなニュアンスです。

ところで、最近の私の仕事の状況からすると、なかなか心斎橋に行く機会がありません。また、私の行動範囲内のほとんどのイタリア料理屋さんでは、このメニューが見当たらないんです。そんな中で先日、ふと、「久しぶりに、カーチョエぺぺ食べたいな」と思い出した次第。

そこで、まずはネットでカーチョエぺぺを食べられるお店を調べました。でも、やっぱりありませんでした。
そんな中、アマゾンの通販で”青の洞窟”シリーズでカーチョエぺぺを販売していることを発見。(店頭で販売されているのは、どこでも見たことがありません。認知されていないからでしょうか。)
最初は通販で食品を買うことに少し抵抗があったのですが、最終的に注文して食べみると、それなりにおいしかったです。

その後しばらく経ってからふと思いついたこと。
そんなにシンプルな料理なら、自分で作ったらいいんじゃない!?

この料理のポイントは、「ペコリーノ・ロマーノ」という羊のチーズを使う点にあります。
そこで、そんなチーズをどこで手に入れることができるかを、まず調べてみたら。。。
わかったことは、私の事務所から歩いてほんの2,3分のところにチーズ専門店があるってことでした。そこで、この週末に仕事の合間に出向いてみたら、ほんとにしっかりとした、こだわりの品揃えでした。
改めて思ったのですが、六甲道という町は大きなポテンシャルがありますね。もちろん、ここで「ペコリーノ・ロマーノ」をゲットしました。

IMG_7554.JPG

その上で、こんなふうに調理(といっても、ご覧のとおり刻んだだけ)しながら、

IMG_7560.JPG

作ってみた私流のカーチョエぺぺ。

IMG_7568.JPG

見た目は、とってもよかったです。
香りも、それなりには、ありました。

でも、味は心斎橋のお店のものには、ほど遠かったです。
なので。

カーチョエぺぺ・ちゃれんじ。もう少し研究して、納得できる味に仕上げてみたいと思っています。
美味しくできたら、またブログでご報告します。






posted by y.i at 00:00| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

今週は、研修ウィーク

今週は、週のうち3日間、研修がありました。

こちらは、火曜日にあった経営者向けのセミナー
IMG_7081.JPG

IMG_7088.JPG

そして今日は、(一社)兵庫県中小企業診断士主宰の「プロコン育生塾」の開講日。
今は、塾長の開講講義が進んでいます。

IMG_7222.JPG

募集開始初日に満席になった15名の熱心な受講生の方々と、真剣勝負で経営コンサルティングについて共に考える6か月間が、今日からスタートです。

posted by y.i at 12:02| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月03日

「カエルの楽園」 再掲

9月になって、急に爽やかな風が吹き始めました。
けれど、内外を取り巻く状況は、爽やかなんて言葉からほど遠いようです。

そんな中で、ネットや報道を見ていて思い出したのが、去年の8月7日に書いた、百田尚樹さんの「カエルの楽園」という本についての記事です。
その記事の中で、私は「この本で書かれていることのおよそ7割程度はすべて真実で、残りの3割ほどがこれから起こるかもしれない未来の話です。」と記しました。
この数日、北朝鮮のミサイル発射と核実験の進行と、それに伴う日本国内の反応を見ていると、「残り3割」がそのとおりに進行しているなぁ、という感想です。

ここ数日の国内の反応では、有名な作家が「国家の存亡を賭けることになっても、(戦うよりも)再度戦争放棄を宣言する」と発信したり、東京新聞の記者が「(こういう状況になってしまったのだから、)北朝鮮の金委員長の要求に応えるように、日本からアメリカにもっと行動を手控えるように促さないのか」と官房長官に質問したり、テレビのコメンテーターが「今の米朝の対立は、日本に責任がある」と発言したり。
これらは、「カエルの楽園」の「残り3割」に出てきたセリフと瓜二つです。

もっと驚いたのは、今回の出来事を何でもかんでも安倍首相や政府の悪事だと解釈する発信。
例えば、ミサイルが発射された前日は必ず官邸に泊まっている、発射がわかっていながら国民に隠しているとする「安倍首相のミサイル疑惑」なるものがあるようです。
冷静に、論理的に考えると、「政府がまともに情報が取れていないより、とれているほうがよほどまし」だし、「もしわかっていても、前日からそんなことを宣言したらパニックになるかもしれないし」、「なんでも公表して相手に手の内を見せるほうがおかしい」と、わかりそうなものです。
だけど、特定の意識が根付いてしまっている人は、そんなふうには考えられないようです。

その他にも「Jアラートを鳴らしたこと自体、おかしい」とか、「今回の出来事は、加計問題逃れ」とか。
私だったら、もし東京に核爆弾が撃ち込まれたら、首相だって死ぬんだから「加計問題逃れ」なんて、意味をなさないと思うのですが。
ネットを見ていると、上記の私のように考える人たちと、その対極にある人たちの意見に大別されます。(もちろん、圧倒的マジョリティは、そのどちらでもない人たちだと思いますが。)6月11日の記事の最後で、私は「これこそが、私が一番心配している、『メディアによる分断』です。」と書いたのですが、これがその一例だと思っています。

繰り返しますが、私は特定の政権や政治的な思想でこうした発信をしているのでは、ありません。
元新聞社出身という出自から現代のジャーナリズムに危機感を持ちつつ、コンサルタントとして身につけた「論理性」、「客観性」から「本質」を見つめると、こういう判断になるという、ささやかな発信をしているだけです。

最後に。
9月になって、秋らしくなると、思い出す曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=H7bwWAVVCWg

ダウンロード.jpg







posted by y.i at 00:00| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

夏の思い出

今日は、8月31日。
そこで、夏の思い出の振り返り、といっても、私の場合はワンパターン。。。

この8月は、久しぶりに一人キャンプをしました。

昼間、いつも釣り場になる場所はご覧のとおり、観光客に埋め尽くされていました。

IMG_5943.jpg

こんな場所を避けて鮎釣りを楽しんだあと、テントを張ります。

IMG_5983.jpg

夕暮れ時から9時くらいまで、河原でのんびり過ごしていると、涼風が駆け抜けていき都会では得られない心地よさです。その時の足元は、こんな感じ。

IMG_5963.jpg

そのうち、となりのテントの親子連れが花火をはじめて・・・自分にもこんな時があったなぁ・・・などと思っていたら、いつのまにか寝入ってしまっていて・・それでも河原は優しくて。

IMG_5977.jpg

その後、テントに入って、朝まで熟睡でした。

IMG_5950.jpg

昨日今日と、朝夕はだいぶ涼しくなってきたから、ほんとにキャンプを楽しめるのはこれからなんですけどね。。。

以前のキャンプの記事は、こちらです。

それと、仕事関係では、こんな記事も。
兵庫県中小企業診断士協会のプロコン育成塾は伝統ある塾で、今年度は9月上旬に開講します。この記事にあるとおり、私は文章力とプレゼン力の講義を担当しています。



posted by y.i at 22:39| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする