2017年12月12日

プロコン育成塾での講義

毎年、この時期は中小企業診断士として独立したばかりの方を対象とした、(一社)兵庫県中小企業診断士協会が主催する「プロコン育成塾」の講義に出講しています。
ちょうど、私の講義が今月の第一土曜日のあったのですが、その時の様子がその塾のサイトで紹介されています。
ここを、クリックしてみて下さい。
講師としての私の基本的な考え方や、私の仲間である中小企業診断士が日ごろ、どのように研鑽を積んでいるかといったことが、ある程度ご理解いただけると思います。



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2017年12月07日

早くも師走

ですね。

年末だし、少し仕事をセーブして来年度の方針などをしっかり考えたりする時間をとろう! と思いはするのですが、今日も今日とて、あっという間に一日の終わりを迎えます。
暮れる時間が早いから、その分夜にしっかりと読書とかできるかな…とふと思うのですが、気づいたら眠りについてしまったりしています。

それにしても、この時期はやはり、あったかい汁ものと熱燗はありがたい!

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2017年11月28日

今後ますます・・・

先日、とある交流会で社会保険労務士の方と同席する機会がありました。その方が仰るには、中小企業診断士と直接話す機会を得たのは初めてであるとのこと、また中小企業診断士ってどんな仕事をしているのかよくわからない、とのことでした。
お隣には、研修をビジネスとされている方もおられたのですが、その方も同様のご意見でした。
おそらく、世の多くの経営者の方々も同じようなご認識なのではないでしょうか。

一方、先週の土曜日は、私が所属する(一社)兵庫県中小企業診断士協会が主催するセミナーで、財務事務所の方にご講演いただいたのですが、その方が仰るには「近いうちに、地域金融機関の多くが自力で営業利益を確保できなくなる見込み」とのことでした。講演では、具体的に5年後にはこれくらいの比率の地域金融機関が、このような状況になると、明確な予測をたてられていました。
日本の金融機関を取り巻く状況は、非常に厳しいものがあるようです。
こうした状況にあって、金融庁自体が組織改革を進めているし、地域金融機関には事業性評価の拡充をはじめとする意識転換が求められているということのようです。

つまり、企業に対する対話型の支援やコンサルティング機能の発揮がより一層求められているわけですが、こうした支援に対応できるのは、士業の中では中小企業診断士だけといっても過言ではないと思います。




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2017年11月09日

年月

独立した当初から、大阪府が推進する「おおさか地域創造ファンド」という事業に、コーディネーターとして携わらせていただいています。
この事業は10年間のスキームなのですが、本年末をもって、いよいよ終了となります。私たちコーディネーターは、新商品開発や新規事業開発にかかるアドバイスなどをしてきたのですが、同時に、採択された企業さん同士が学んだり、連携するきっかけとなったりしていただくための交流会を、コーディネーター仲間で話しあって自主的に、毎年2回開催してきました。
その最後の交流会が、来年2月に開催されるので、その準備に取り掛かっています。

プログラムの中で、私が発案して、この10年間の様々なシーンの写真を流すことになったので、他の仕事の合間にその写真の選定をしているところです。
その一部がこちら。

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これは、大阪府が主催した「御堂筋KAPPO」というイベント時のもの。

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こちらは、ある年の交流会で進行役を務めているところです。

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そして、修了証書を事業者さまにお渡ししているところ。

ここにあるのは、大体5、6年前の写真なのですが、それ以上に時間が経ったような気がします。


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2017年11月02日

朝日新聞

大学生の頃、ジャーナリストになりたいというささやかな希望というか、夢を持っていました。その頃の就職希望先の最上位にランクしていたのが、朝日新聞でした。その後、自分の中では夢かなわず、ジャパンタイムズという一般にはあまり知られていない小さな新聞社の、広告営業マンになりました。
ただ、そのジャパンタイムズと朝日新聞社とは、協力関係というか友好的な関係にあったことから業務上、よく朝日新聞の関係先を訪れることもありました。だから、サラリーマンの頃は朝日新聞社を近しく感じると共に、いい会社だとずっと思い続けていました。

しかし、数年前から、この会社に対する見方は180度、変わってしまいました。

それは、「個人としてジャーナリズムを発信する人」の言葉を、インターネットでフォローできるようになったことがとても大きいと思っています。

そして、今年に入ってからの森友・加計です。
例えば、加計のこと(”問題”とは、呼びません。ここで安易に”問題”と呼ぶのは愚かだと思います。)については、私は当初からこれを(政府の)問題(過失)として扱うのは無理があると発信してきました。
そして、6月1日付の「日々、疑問A」の記事では、「今後の展開を見ないと早計に判断はできませんが、朝日新聞は吉田証言のときとまた同じ道を歩んでいるのかもしれないと思っています。」と記しました。今、私が確信していることは、朝日新聞社は「吉田証言のときとまた同じ道を、”意図的に”歩んでいる」ということです。

今はもう、残念ながらこの会社を報道機関と呼ぶのは、完全に間違いだと考えています。

そのことを、私などが語るより、しっかりと論拠を示しながら正しく伝えている書籍が、10月下旬に発行された「『森友・加計事件』 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」(小川榮太郎著)です。

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この本の結びには、こう記されています。

「主犯は朝日新聞であり、強力な共犯者がNHKと文藝春秋だった。朝日新聞が使った駒は前文科次官の前川喜平であり、民進党などの反安倍野党である。彼らはそれぞれの思惑やイデオロギー的な理由から、安倍晋三を叩いたつもりかもしれない。だが、それは違う。
本当に破壊されたのはデモクラシーそのものであり、その基盤となるべき主力言論機関の信頼性である。
(中略)
半年間の彼らが量産した虚報が、本当にコケにし、否定したのは安倍晋三でも安倍政治でもない。日本の主権者たる国民であり、日本の民主主義そのものだったのである。」

この言葉は、まさしく私がこの半年間、ずっと感じてきたことそのものです。
大切なのは最後の2行。「(朝日新聞社が)本当にコケにし、否定したのは日本の主権者たる国民であり、日本の民主主義そのもの」というところです。

ほとんどの国民は、忙しい日々の生活や仕事があるから、いちいちこんなことを考えてはいないだろうと思います。けれど、特に今年に入ってからのマスメディアの暴走は、私たちやその子供たちの将来に、重大な影響を与えると思います。
わたしにとっては、「思う」というか、「真剣に危惧する」という認識です。





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2017年11月01日

「いっぽし」さん

昨日は終日、事務所で仕事でした。
お昼時になって向かったのは、徒歩3分ほどのところにある「いっぽし」さん。

このお店が最初にできたとき、表を通りかかってそのシンプルな外観を見たときは正直、「これで流行るのかな」とちらと思ったものでした。
しかし、その後、ネットで検索して調べてみたら、とっても高評価。それでようやくお店に入ってたべてみたら、評判どおりとっても美味しいラーメンでした。
それ以来、ちょくちょく通っています。

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ちなみに、私の事務所周辺はラーメン店が多くて、神戸の中でも激戦区になっているようです。徒歩10数秒のところには、つけ麺の「繁田」さん、30秒以内のところには「しゅはり」さんなどなど。




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2017年10月26日

今週の名言 1026

早くも週半ばになりましたが、今週のカレンダーから。

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「敵はいるであろう。しかし、彼らのために苦しまないようにしなければならない。敵がいることが苦痛でないだけでなく、むしろ喜びであるように行動しなければならない。」レフ・トルストイ

「凧が一番高く上がるのは、風に向かっているときである。風に流されているときではない。」ウィンストン・チャーチル



一昨日は、ご支援している企業さまの決算報告会でした。その場で、新年度の新しい取り組みや事業方針の発表があり、その後、懇親会が開かれました。

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経営するということは、いつも楽しいことや楽なことばかりではないと思います。特に、新しいチャレンジをするときはなおさらです。
そんなときこそ、今週の言葉が意味を持つのだと思います。

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2017年10月14日

3つの違い

今日は朝から事務所に出かけて、一日中、経営診断レポートの作成でした。もうすぐこの仕事も丸10年になるので、やるべきことはよくわかっています。しっかりしたアウトプットを出すために必要だった今日のプロセスは、自分の中でいろんな情報を蓄積していって、気持ちを高めながら、書く準備をいかに整えていくかということでした。それさえできれば、あとは集中力を高めることだけがポイントになってきます。

ところで、事務所に向かう途中の六甲道の駅前では、選挙戦真っただ中とあって、とある陣営の演説が続いていました。
曰く、「この選挙は、平和と民主主義を守る戦い」だと。
その点には、同意です。

しかし、そのための手段というか、道筋が私とはまったく違います。
なぜそんなふうになるのかといえば、次の3つの要素が絡んでいると思います。

@「ものの見方・捉え方」の違い
A「思考プロセス」の違い
B「情報の質」の違い

このうち、@とAは教育、Bはマスメディアによる影響が大きいと思います。

私も戦後教育にどっぷりつかってきたのですが、どこかで今日の辻立ちの人達と、上記の@〜Bが違ったのでしょう。
振り返ってみると、少なくとも10年前の私はこんなことは少しも考えていませんでした。中小企業診断士の試験に通ることや、何とか仕事を掴むことで精いっぱいだったのと、何よりもまだ日本を取り巻く状況が平穏だったからです。要は、危機感を感じなくても、みんなが幸せでいられた時代だったのですね。周りの国々の力が、いまほどではなかったから。

PS
診断レポートの作成は明日も続くので、今夜は自宅でちょっとゆっくりしたいと思い、久しぶりに映画をレンタルしました。もともと、週末は映画、とくにサスペンスものを夜中に一人で観るのが大好きなのです。
あまり事前情報なしでレンタルした映画なのですが、面白いかな!?

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2017年10月12日

真の権力者は誰なのか!?

昨日は、この前の記事で記載したような状況で帰宅しました。そしてテレビのスイッチを入れたら、報道ステーションで党首討論をやっていました。これに関して、感じたことが二つあります。

その二つの前に。
討論会の中で、安倍首相が「メディアでは事実が報道されていない」旨を発言していました。おそらく、”生出演という、メディア側が編集ができない状況の中で偏向報道を指摘する”という方針だと思います。他の討論会でも、同様の発言が見られましたから。
それはまさしくそのとおりで、私が書いた7月10日の記事を改めて紹介するまでもなく、偏向振りはひどすぎたと思っています。7月10日の「報道ステーション」では、加戸元愛媛県知事の閉会中審査での答弁はまったく報道されませんでしたから。
同番組では、前川氏(ご本人自身は、すでに過去の人になりつつありますね。メディアからすれば、そのとき使える駒でしかなかったのだと思います。)の発言ばかりを取り上げていました。

こうした状況は他の番組でも同様で、「放送法遵守を求める視聴者の会」によれば、テレビが取り上げた加戸、前川両氏の発言時間は、次の通り、大差があります。

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しかし、昨日の番組の中で、アナウンサーは「それは紹介しています」と発言していました。やってもいないことをよく、「やった」と言えるものだと思います。
末端かつ隅っこではあったけれど、元報道人の端くれだった私としては、信じられない思いです。今の時代は、ネットですべて流通するし、保存されているというのに。
私が若い頃に憧れて、21年間をすごした報道界がここまで落ちてしまったか、という思いです。

ところで、番組を見て感じたことの一つめは、まるで公開の場での(あまりいい言葉ではないですが)吊し上げを見せられているようだったということです。「党首討論会」といいながら、半分以上の時間がモリカケ追及に費やされていましたから。私には、普通の生徒を体育館の裏に呼び出して、不良仲間がその生徒を一方的に攻め立てている図にしか見えませんでした。

キャスターもコメンテーターも、”もし自分がジャーナリストだと思うなら”、決定的な証拠や証言を、自分たちの力で取ってくるべきだと思います。
それをしないで、「総理が証明するべき」と言いつづけるのは、この後に示す権力者の行動と全く同じです。

そのもう一つというのは、この討論会を見ていて、ある人物を思い出したことです。その人物の名前は、エルヴィン・ロンメル。”砂漠の狐”と言われた、ドイツ軍の将軍(元帥)です。

ロンメルは、第二次大戦のヨーロッパ戦線およびアフリカ戦線における英雄でした。ドイツ軍だけでなく、連合国からも知将として一定の尊敬の念を持たれていました。
しかし、シュタウフェンベルク大佐によるヒトラー暗殺未遂事件のあと、ロンメルもヒトラーから、暗殺首謀者の一味の一人だとして、あらぬ疑いをかけられます。その理由とされたことの一つは、ヒトラー暗殺派の一人が死の間際にロンメルの名前を口走ったことだったりします。(首相と理事長が友達だったというだけで、疑惑とされている状況と同じです。)

ロンメルはもともと根っからの職業軍人であり、ナチでもなければ、反ヒトラーの急先鋒でもなかったのだと思います。しかし、時の権力者であるヒトラーから掛けられた疑いに対する身の潔白を証明する術がないと知ったロンメルは結局、強制的に自殺させられました。別の言葉を使えば、粛清されたということです。

これと同じことをしたのが第2次大戦中、ソ連の絶対権力者であったスターリンで、この権力者のために無数の無辜の人々が粛清されました。

何が言いたいかといえば、要は「権力者はその脅威となる相手に対して、自らが決して証明できない疑いをかけて、これまでにたくさんの人々を抹殺してきた」ということです。

私の理解では、今、国民の目の前で展開されている状況は、これとまったく同じです。
今回でいえば、権力者は政府でも政権でもなく、新聞・テレビといったメディアであり、自分たちの生存環境を脅かす相手を、正当な根拠なく、排除しようとしている状況だと思います。

もう少し別の見方をすれば、現政権が新しい価値観をもたらそうとしていることに対して、新聞・テレビといったメディアが、抵抗勢力になっているということです。
実はこれは、企業支援の現場でも、よく見る光景です。







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2017年10月11日

外科のお医者さん

一昨日、父が路上で転んでしまったのですが、その際に肋骨を3本折った上に、それが影響して肺が損傷してしまっていたことがわかりました。
それで、今日の夕刻から手術が行われたのですが、幸い、損傷といっても小さなキズだけだったようで、2時間ほどで無事に手術は終わりました。

術後に、執刀してくださった若い先生が丁寧に状況を説明してくださり、今後のリハビリ計画についてもアドバイスしてくださったので、とてもありがたかったです。
こちらは、帰り際の神戸市民病院のエントランス前。

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2時間ほどの手術といっても、父は昭和3年生まれなので、たぶん全身麻酔を受けるだけでもそれなりの負担だったろうと思います。でも、今は手術の技術力も上がって、患者に極力、負担にならない方法がいろいろ開発されていて、きっとこの若い先生もそうした研修をたくさん受けてくださっているんだろうなと思いながら、お話をお伺いしました。
その先生のお話をお伺いしながら、この方も、こんなドクターになってもらえたらうれしいな、と勝手に思い起こしていたのが2人の著名な外科医の先生。

お一人は、天皇陛下の心臓手術を執刀された天野篤先生です。この方の「熱く生きる」という本は、私の机の上の目の前に置いたままにしています。
この方の熱い志と姿勢に、仕事中、いつも背中を押されています。

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もうお一人は、山高篤行先生です。この方は、元々何事にも「自分にできるのか?」と不安が強くあり、だからこそその不安を乗り越えるために徹底して準備をしなければ気が済まないという方です。
どちらかというと、もともと自信家でも何でもない私としては、山高篤行先生によりシンパシーを感じています。

ただ、ご両名に共通しているのは、常に努力を怠らないということ。
これだけは間違いありません。

PS
いいのかどうかよくわかりませんが、youtubeで、プロフェッショナルの放送分が結構見れてしまいます。
山高先生の放送分など、仕事の合間のちょっとした時間に、私はちょくちょく見ています。


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2017年10月05日

祝・カズオ・イシグロ

今年は春先からずっといいニュースがなかった、というより悪いニュースばかり聞かされつづけてきたように思うのですが、今夜はいいニュースが聞けました。

私の自宅の書棚には、ビジネス書のコーナーとは別に小説の一角があるのですが、そのまた一隅に自分がこれまでにもっとも愛すべきと思った小説を並べた場所があります。数は、6〜7冊。その中の一冊が、カズオ・イシグロの「日の名残り」です。
だから率直に、今夜のニュースは嬉しかったです。

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私がこれまでに読んだカズオ・イシグロの小説は3つだけなのですが、「日の名残り」は秀逸だと思っています。
最初、物語りは淡々と進みます。その間ほとんどアクションも何もないので映画になんかしたら(実際、アンソニー・ホプキンス主演で映画化されましたが)、ひまで仕方がないのでは!? といったストーリーです。でも彼の文章に接していると、次々ページを繰ることができます。そして、行ったこともないイギリスの田舎の風景や邸宅内の様子が手に取るようにわかるんです。
そして、なんといっても素晴らしいのは最後の数ページです。この数ページのために日本語の文庫で300ページが綴られているのだと思います。
ぜひ皆さんにも手に取って、読んでみて頂きたいと思います。それは、誰にとっても大切な、人生の意義を見つめる瞬間になると思います。

一方で、じつはこの数カ月、私の中では別の意味でこの小説を何度か思い起しながらすごしてきました。
それは、「だれがダーリントン卿なのか!?」という命題につながります。

この小説の主人公は、執事です。その執事が仕える主がダーリントン卿という貴族なんですね。そのダーリントン卿は、彼なりに必死に努力して、祖国英国のために尽くそうとします。時は第2次大戦勃発前。ナチスドイツがヨーロッパを席巻し始めたときであり、チェンバレン首相が宥和政策をとっていた頃だと思います。小説の中で、ダーリントン卿はどちらかといえば宥和的な(つまり、「話し合いで解決しよう!」といった)スタンスでした。しかし、実際にはナチスドイツは侵略を続け、ダーリントン卿の努力は結局水泡に帰す、というより、祖国英国にとって大きなマイナスの影響を与えるだけの結果に終わってしまいます。
そして、そのことを悔やんだダーリントン卿は、不幸な死を迎えます。

今の日本も同様に北朝鮮危機の中にあり、それぞれの立場・考えで平和への道筋を真剣に考えているのだと、私は理解しています。(ずっと前から、中国危機も並走しているのですが。)
しかし、真剣に考えたとしても、時に大きく道を誤ることがあります。ダーリントン卿のように。
そんなふうに道をあやまる(あやまっている)のは結局自分なのか、それとも自分と違う考えに立つ人たちなのかということを、ここ数か月間、自問自答してきた次第です。

追伸
それにしても、日本のメディアは彼のことをこれまでまったく話題にもしてこなかったのに、いきなり”長崎生まれ”だとか・・・なんだかなぁ。
ただ個人的には、「南京大虐殺が30万人の被害者をもたらした」などと無責任な文章を書く村上春樹氏が取らなくてよかったと思っています。

追伸の追記
村上春樹氏も好きな作家の一人ではあります。特に初期の作品は若い頃によく読んだし、舞台が神戸だったりするのでそれなりに思い入れはあります。しかし、ノーベル文学賞との関連でまず思うのは、上述のとおりです。また、近年の作品は力量がだいぶ落ちていると思ってもいます。「1Q84」は、私は最後まで読了できませんでした。

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2017年10月02日

仕事をきちんとやることの、貴さ。

この週末は、久しぶりに鮎釣りに出かけていました。
朝早く起きて、だいぶ遅くなった日の出が神戸の湾岸線を明るく照らし始める頃に、自分でポットに入れた熱いコーヒーを飲みながら車をびゅん!と飛ばすのは、とっても自由になれたような気がして、仕事の充実感とはまた違う、とても大好きなひと時です。
常に、人と相対するサービス業を営んでいる私が自分でいうのも何なのですが、元々、私は一人で自由気ままに行動する方が好きなんだなと思っていて、そんな自分を再確認するひと時でもあったりします。
(もちろん、仕事モードに入っているときはまた別なのですが。。)

久しぶりの晴天。水況はじめ、申し分のない釣り場環境。
そんななかで、こんな釣り場で

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こんな鮎(釣りたての野生の鮎は、胸がまっ黄色なんですよ)を釣って楽しく過ごしていました。

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相変わらずあんまり釣れなかったけれど、やっぱり川辺で過ごす一日は最高です。

で。問題が起こったのは、その帰り道。
川沿いのダート道を、スピード上げて走っていたら、ど〜んと大きな石か何かに乗り上げる感覚があり、その後に”ずん!”と沈み込んでしまって。。。
すぐに「やばそう」と思って車を降りてチェックしてみたら、右前のタイヤがぺしゃんこ! でした。

それで、きょうのこのブログでお伝えしたいことの本筋は、ここからです。
とにかくJAFに電話して、状況説明したんですけど、受付てくださった女性のオペレーターの人はとっても丁寧でした。非常にテキパキしていたし、なにより、「いま、どこにいらっしゃるんですか」「(私が状況を伝えたあと)安全なところにいらっしゃって、よかったです」と言ってくださったことが、とても好感できました。
そして、その方によると、50分くらいで救援の方が来てくださるとのこと。

川沿いの細いダート道で車が止まってしまったので、JAFの方がわかる表道まで出なきゃ! と思ってとぼとぼ歩いて行って。そうしたら、近くの民家の犬にひたすら吠え続けられて。そうする間に、周りに何もない、田舎の道はただの闇空間になりつつあり(まだ6時過ぎなのに!)、しばらくこんな場所で一人っきりでじっとしていました。

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でも、待っている間に、修理を担当してくださる男性の方からケータイに確認の電話がはいり、20〜30分くらいで着くと思いますと連絡をいただいたとおりに、到着してくださり、その後はレッカー移動してその方の工場にチェックイン。

要は、連携も含めて、途中のプロセスがとっても、きちんとしてるんです。

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あれこれ診てもらって、タイヤ交換や整備をしてもらって、ほぼ1時間くらいして自力走行が可能になりました。

そして、改めて実感したことは、
「日曜の夜に、いきなりの対応なのに、こんな田舎でとっても規律的にコミュニケーションがありその約束通りに作業が進んでいく。現場に来てくださった方は、真面目にきちんと仕事をしてくださる。」
私は世界のあちこちを巡ったわけじゃないけれど、これってやっぱり、日本人の強みじゃないかなぁと、再確認しました。

この時もそうだし、最近とくによく感じることなのですが、人って自分の専門分野以外はほんとに無力なんだなって思います。中小企業診断士という資格は、最近すこし認知度も上がっているようで、私なんかでも経営者の方々に先生と呼んでいただいたりしています。でも、私たちが実際にできることは、世の中の仕事全体からみるとほんの一部分で、だから私たちはもっと謙虚にならないといけないって思います。
今回で言うと、救援にきてくださったJAFと契約している地元の修理業者の方がいなかったら、私は途方に暮れたままだったと思います。

そんな困った状況の私に対して、その修理業者の方は、てきぱきと私の車の診断をし、必要な処置をきちんとしてくださったんですね。ただこれだけのことといえば、それまでなのです。まったく。
多分30代の頃の私だったら、ここから何の学びも得ていなかったと思います。

いまは。
人が、自分がやるべき仕事をちゃんと定めて、やるべきことをやり、結果としてだれかのためになる。
そういうことの大切さやありがたさを、とても理解できるようになったと思っています。


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