2018年03月29日

再確認

しばらく前にブログの見出しのところを、「元新聞社出身という出自から現代のジャーナリズムに危機感を持ちつつ、」という表現に変えました。
最近の状況から、こうした認識の大切さをますます実感しています。

以前にも書いたことですが、私がブログでこんなふうな記事を書いていても、私自身の事業にとって、マイナスになることはあっても、なんらプラスになることはないと思っています。
だけれども。
齢50を超えて思うのは、自分の利益つまり収入云々も大切ですが、それ以上に次の世代により良い世の中を継承していくことが同じくらい、またはもっと大切なんじゃないだろうかということです。

そんなふうに、より良い社会を作っていくためにまず大切なことは、「事実」、「真実」が正確に語られる社会にしていくこと。これはジャーナリズムの世界にいたときも、コンサルティングの仕事をしている今も、一貫して変わらない姿勢です。

それともうひとつ私の中で大切な価値観は、常に「公正である」ということです。
だから、例えば、正義の仮面をかぶりながらこっそり自分だけ利得を得るとか、みんなが汗を流している時に自分だけ楽して利益を得るとかいった姿勢は、自分の中ではあり得ない話です。

そうした視点で見つめながらここ数日、再確認したことは、既存のメディアの多くはやはり信用できないということです。

3月19日に書いた「やっぱり」という短い記事があります。
あの記事を書いた日、朝から国会の質疑応答を見て、私の中ではこの問題の8割方はもう解決した話になっていました。(残りの2割は確認するためのものでしたが、一昨日の佐川氏の答弁でそのうちの半分は明らかとなりました。つまり、政権の関与の有無についてです。残りの半分はおそらく財務省内で官僚たちが抱える問題で、だからここは証言拒否となったのだと思います。)
その根拠となる質問をしたのは自民党の和田議員でした。彼は、事実と的確な推論をもとにして”現政権と緊張関係にある”財務省の役人から、真実を引出そうと誠実に努力していました。(これはあくまで、私の率直な”感想”です。)
しかし、翌日以降のメディアは、彼の成果と言える本筋の質疑は一切無視して、逆に彼を非難できるような些末な質問だけを ―ほとんどすべてのオールドメディアが同じようにー クローズアップし、彼をバッシングし続けました。
そんな様子を見て私が思ったことは、彼がこれだけバッシングされたということは、よほど真実に近付いていただんだなということです。
だから、オールドメディアにとっては都合の悪い人物だと認定されてしまって、あんなバッシングにつながったんだと思います。

事実や真実、そして公正さがないがしろにされる社会ほど怖いものはないと思います。私たち自身がしっかりと、そのことを意識する必要があるのではないかと思います。









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2018年03月27日

水ぬるむ。

サラリーマン時代は会社が大阪にあったので、神戸に住んでいた私はずっと1時間以上の通勤時間でした。だから、三宮とかに勤務先があったら楽だろうなぁ・・と時々思ったりしたものでした。
ずっと定年まで続けていくはずだったサラリーマン生活におよそ10年前に終止符を打ってから、その頃には思っていなかった経験や時間の過ごし方をたくさんできるようになりました。

ささやかなことですが。そんな中の一コマ。
昨日は終日、地元・神戸で仕事。
事務所で作業をしたあとは、三宮の官庁へ。建物のすぐそばまで海が来ているところが神戸らしいです。

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夜は、中小企業診断士協会の会合で、協会事務所のある建物で意見交換をしていました。
その帰り道。

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車をほんの少し寄り道させたら、対岸にハーバーランドのきれいな明かりが輝く岸壁につきます。
寒い頃には思いつきもしませんが、この季節は岸壁にのんびり佇むだけで、ゆったりできます。

そして次の写真は、今朝の私の通勤路に面した公園の景色です。
まだ5部咲きくらいだと思うのですが、昼のランチに通りかかった時には、母子連れのグループがたくさん、木の下にシートを拡げていました。

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2018年03月22日

失敗の本質 再掲 A

3月15日に掲載した「失敗の本質 再掲」では、「大東亜戦争時の日本海軍が組織として、いかに学ぶことができずに同じ失敗をくりかえし、多大な損失を被ったか」、それと同じように現代を生きる私たち自身が同じ過ちを繰り返していること、例えば昨年の加計のことから何も学べていないことについて、記しました。
これは主に”組織”についての話でした。

一方、この本にはかつての日本海軍が犯したもう一つの失敗が詳しく記されています。
それは、”戦略”についてです。

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戦略上の失敗は、2つあります。
それは、「近視眼的な戦略思考しかなく、長期的なグランドデザインがなかったこと」と、「そもそも、戦略目的が非常に曖昧であったこと」です。

近視眼的な戦略思考については、次のような記述があります。
「日本軍の戦略志向は、短期的性格が強かった。」(P277)
これはつまり、長期的な視点や、大局的な視点をから戦略を構築する力が不足していたということ語っています。

「ガダルカナル島に揚陸中の米軍輸送団を沈め、その攻略作戦を挫折させるために展開された第一次ソロモン海戦のとき、三川艦隊は夜襲によって敵の重巡洋艦四隻撃沈、他に重巡一、駆逐艦二大破という敵主力を撃破する大戦果を挙げたが、作戦の主目的である輸送船団には一撃も加えないで引き揚げた。」

「長期的戦略を欠いた短期志向の戦略展開という点では、陸軍も例外ではなかった。それは、随所で見られた兵力の逐次投入に如実に表れている。ノモンハンでは、初動における投入兵力が過小であり、その後も兵力の逐次投入が行われたが、圧倒的に優勢なソ連軍を相手に多大な人的損害を累積するのみであった。」(P279.280)

「日本軍の短期決戦志向は、戦争全体を通じて抜きがたく個々の戦略を支配していた。」(P282)

「目的の曖昧さ」については、つぎのような記述があります。
「いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし、作戦目的が存在しなければならない。目的の曖昧な作戦は必ず失敗する。(中略)ところが、日本軍ではこうしたありうべからざることがしばしば起こった。」(P268)

「作戦目的の多義性、不明確性を生む最大の要因は、個々の作戦を有機的に結合し、戦争全体をできるだけ有利なうちに集結させるグランドデザインが欠如していたことにあることはいうまでもないであろう。」(P274)

「この点で、日本軍の失敗の過程は、主観と独善から希望的観測に依存する戦略目的が、戦争の現実と合理的論理によって漸次破壊されるプロセスであったということができる。」(P274)

ところで、いま大騒ぎしているこの森友文書なる問題。
既得権益を守りたい一心の、(長期的に見れば)もうすぐもっと部数を落としていくばかりの新聞社や、自らのことをエリートだと思い込んでいる省庁などが、国民を巻き込んでまったく嘘のストーリーを作り上げようとしているのがこの話の本質だと、私は思っています。

そんな彼らはもちろん非常に問題なのだけれど、一方で私たち自身がそんなものに振り回されてしまってはいけないと思います。
そんなことばかり続けていたら本当に、私たち自身が「近視眼的な戦略思考しかなく」、「物事を考え、進める上でのグランドデザインや戦略目的が非常に曖昧である」ことになってしまいます。


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だんだんと。春。

ここのところ、曇天が続き、気温もあまり上がりません。
だけど、春の息吹があちこちで感じられるようになりました。

うちのメダカのその後について。
冬の間は、分厚い氷の下で、生きているかどうかさえ分からなからない日々が続いていました。氷が張っていない日に上から覗いてみても、姿が全く見えませんでした。
しかし、この間、えさを与えると浮上してきて、元気に泳いでいる姿が確認できました。

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一昨日は、たぶんソメイヨシノだと思うのですが、すでに咲いている木にも出会いました。

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この日は、帰宅後、地元兵庫の地酒を美味しくいただきました。
左側の奥播磨は、春の季節商品なのかな。。

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2018年03月19日

やっぱり

今日は午前中、時間がとれたので、国会答弁をリアルタイムで見ていました。
そして今、朝日新聞のネット版を見たのですが。。

やっぱりとしか、言いようがないですね。
もう、救いようがないかもしれないなぁ…というのが、率直な印象です。
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2018年03月15日

失敗の本質 再掲

2月21日の記事について、できれば補足説明したほうがいいなと思っていた点が二つありました。そのひとつが、“(諸外国と比較しての)日本人の論理性の弱さ“と記した点です。
私は、日本人一人ひとりが本来(生来)持っている論理力が、弱いとは毛頭思っていません。しかし、今起こっている“この会社の騒動“を見ていても、やはり現実の問題として論理性の脆弱さを感じざるを得ないところです。

そのことを思って久しぶりに紐解いたのが、これまでも1、2度このブログでご紹介した「失敗の本質」という書籍です。

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この本は、私が太平洋戦争と思い込んでいた戦い(この点が、補足説明したほうがいいと思っていたもう一つの点なのですが)において、日本海軍が犯した失敗の原因を分析したもので、我が国の組織論を理解する上でも非常に参考になる本です。
その中に、次のような記述があります。

「およそ日本軍には、失敗の蓄積・伝播を組織的に行うリーダーシップもシステムも欠如していたというべきである。」(P325)

「ハワイ奇襲作戦に成功したのは日本軍であり、マレー沖海戦で英国の誇る『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』を航空攻撃で撃沈したのも、日本軍であった。
しかし、二つの敗退から学習したのは米軍であった。米軍は、それまであった大型戦艦建造計画を中止し、航空母艦と航空機の生産に全力を集中し、次第に優勢な機動部隊を作り上げていった。
ガダルカナル島での正面からの一斉突撃という日露戦争以来の戦法は、功を奏さなかったにもかかわらず、何度も繰り返し行われた。そればかりか、その後の戦場でも、この教条的戦法は墨守された。失敗した戦法、戦術、戦略を分析し、その改善策を探求し、それを組織の他の部分へも伝播していくということは、驚くほど実行されなかった。これは、物事を科学的、客観的に見るという基本姿勢が(日本軍に)決定的に欠けていたことを意味する。」(P326)

「また、組織学習にとって不可欠な情報の共有システムも欠如していた。日本軍の中では、自由闊達な議論が許容されることがなかったため、情報が個人や少数の人的ネットワーク内部に留まり、組織全体で知識や経験が共有されることが少なかった。」(p327)

「大東亜戦争中、一貫して日本軍は学習を怠った組織であった。これに対して、米軍は理論を尊重し、学習を重視した。」

2018年に生きていて、“この会社の騒動”を目の当たりにしている私はおもわず、これらの文章の中の「日本軍を“この会社“」、「米軍を”あるべき姿”」に置き換えて読んでしまいました。
失敗を重ねていた日本軍と同じ失敗を、現代を生きる私たち自身が続けているように、私には見えてしまっています。

もう一ついえば、そういうことを理解した上で、それを自分たちの都合のいいように利用している人たちもいるということじゃないでしょうか。







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2018年03月14日

問題の本質

週末のテレビでわりと著名なコメンテーターが、「問題の本質は官邸主導主義の陰である」とコメントしたそうです。
しかし、私の理解は違います。今回の(というかいつもの)騒動の本質は、「権力闘争」だと理解しています。

その権力は、今回は3つあります。
いつも私がたとえている企業でいえば、社長と、広報担当専務と、財務担当常務の派閥争いのようなものですね。
代々、取締役たちと仲良くやってきた歴代の社長とちがって、今いる社長は、就任当初から改革に意欲的な人でした。
そんなだから、社長と経費引き締め第一の財務担当常務の間ではこれまで、「ゾーゼイ」を巡って対立的関係にありました。
社内で隠然たる権力(既得権益)を持ってきた広報担当専務もまた、「社内を改革する! 今の体制のもととなっている経営理念も例外ではない。」「ホーソーホーを変えて、広報の体制も変更したい」と宣言した社長に対して危機感を抱き、ここ数年、大バトルを演じてきている状況です。

そんななか、広報担当専務が”得意の文章力”を使って、「経理課員の失策を確認した」と社内で発表したのがつい先日です。
この会社の社員たちは、長年の体質から、
「事実かどうか、自分の目で証拠を見てからしっかりと判断する」
「だれが、どのような意図で、その失策を犯したかを理性的に判断する」
「物事の軽重を客観的に判断する」
ということを考えるより、
「まず社内で配付されている社内報を信じる」という傾向があるようでした。

それを良いことに、専務の息がかかった広報やマーケティング職員たちが、「社長の責任は重大である」との社内報をじゃんじゃん、まき散らしているのが現状です。
なので、社内はその噂話で持ちきりです。長年、専務の鉄砲玉みたいな社員もいて、この人たちが先頭を切って、社長室に押しかけているのは、言うまでもありません。
現状では、”得意の文章力”をほんの少し駆使しただけで、社長の人気がどんどん下がっているので、専務一派はほくほくです。

同じ業界内では、強力なライバル企業が大攻勢を仕掛けてきているというのに。。。

どの派閥にも属さない、末端の一社員の私としては、もし本当に社長が何等かの意図をもって、経理課の中に手を入れて、操作をしていたという証拠が出てくれば、社長を非難するでしょう。
しかし、現在のところはそのようなものは見当たらないので、早くまともな会社に戻ってくれないかなぁ、と願っているところです。


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2018年03月09日

いつものパターン

いったい、いつまでこんなことを続けるのかと思います。

例えば、今、この記事を読んでいる方のなかで、加計学園のことのどこが、どう問題だったか、きちんと説明できる人がどれだけいるでしょう。あの話のどこが、どのように問題だったのでしょう。
現実的な話として、あのことはもうほとんど話題にもなっていません。

私は、2017年6月1日の「日々、疑問A」という記事で、こう記しました。
「今回の加計学園の記事が朝日新聞の第一面にセンセーショナルに一番最初に出たときも、その中身を読んで思ったことは、『この内容で記事にするのは無理だ』ということでした。」と。
その後の記事ではさらに私は、「前川文部事務次官の名前を、1年後に覚えている人はほとんどいないでしょう」とも書きました。あの当時(といっても去年のことです)、朝日新聞の記事にあれほど踊った前川氏の名前は、いまは露ほども私たちの目の前に現れてはきません。

そして再び、同じ構図で世間が騒いでいるようです。
思わず、ため息をつくしかありません。
いずれの場合もワンパターンで、朝日新聞が「疑惑である」と書きたて、それにつられて野党とテレビをはじめとするオールドメディアが大騒ぎ。

これまでこのブログでささやかながらお伝えしていることのひとつは、企業経営も国づくりも、根本はおなじということでした。
それでいうと、いい会社は意識が外に向いており、だめな会社は意識がいつも内向きで、部門間で互いの足のひっぱりあいばかりしているものです。

一省庁の作った文書について、ただの一私企業にしか過ぎない新聞社が、明確な根拠もなく示した記事に大騒ぎしている間に、外の世界では日本の安全保障にかかわる大きな問題が急展開しています。

このささやかなブログを見続けてくださっている方がいるとすれば、私が昨年の2月頃から、北朝鮮の脅威に大いに不安に思っていたことをご理解いただけるのではないかと思います。その観点から振り返ると、森友文書なるもので大騒ぎしている人たちは、私のような市民の不安について、一体どのように考えているのかと思ってしまいます。









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