2018年03月09日

いつものパターン

いったい、いつまでこんなことを続けるのかと思います。

例えば、今、この記事を読んでいる方のなかで、加計学園のことのどこが、どう問題だったか、きちんと説明できる人がどれだけいるでしょう。あの話のどこが、どのように問題だったのでしょう。
現実的な話として、あのことはもうほとんど話題にもなっていません。

私は、2017年6月1日の「日々、疑問A」という記事で、こう記しました。
「今回の加計学園の記事が朝日新聞の第一面にセンセーショナルに一番最初に出たときも、その中身を読んで思ったことは、『この内容で記事にするのは無理だ』ということでした。」と。
その後の記事ではさらに私は、「前川文部事務次官の名前を、1年後に覚えている人はほとんどいないでしょう」とも書きました。あの当時(といっても去年のことです)、朝日新聞の記事にあれほど踊った前川氏の名前は、いまは露ほども私たちの目の前に現れてはきません。

そして再び、同じ構図で世間が騒いでいるようです。
思わず、ため息をつくしかありません。
いずれの場合もワンパターンで、朝日新聞が「疑惑である」と書きたて、それにつられて野党とテレビをはじめとするオールドメディアが大騒ぎ。

これまでこのブログでささやかながらお伝えしていることのひとつは、企業経営も国づくりも、根本はおなじということでした。
それでいうと、いい会社は意識が外に向いており、だめな会社は意識がいつも内向きで、部門間で互いの足のひっぱりあいばかりしているものです。

一省庁の作った文書について、ただの一私企業にしか過ぎない新聞社が、明確な根拠もなく示した記事に大騒ぎしている間に、外の世界では日本の安全保障にかかわる大きな問題が急展開しています。

このささやかなブログを見続けてくださっている方がいるとすれば、私が昨年の2月頃から、北朝鮮の脅威に大いに不安に思っていたことをご理解いただけるのではないかと思います。その観点から振り返ると、森友文書なるもので大騒ぎしている人たちは、私のような市民の不安について、一体どのように考えているのかと思ってしまいます。









posted by y.i at 00:00| メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする