2017年09月22日

経営コンサルタントの視点で考えてみる・少し修正しました(緑字部分)

これまでに何度か、このブログで「国造りも、会社造りも同じ」という考えを記してきました。最初は、昨年6月に書いたこの記事です。
そして今は、その思いをさらに強くしています。
要は、経営コンサルタントとしての知見を活用して、今の私たちの社会や国が置かれた状況を見つめると、とても理解しやすいということです。

例えば、経営学で学んだ理論の一つに、「ゆでガエル症候群」なるものがあります。これを簡単に説明すると、「カエルを熱湯の中にいきなり放り込むとびっくりしてすぐに逃げ出すけれど、最初は普通の水に浸けて、徐々に温度を上げていけばカエルはそのことに気付かず、最後は茹で上がってしまう」という話です。これは大抵の場合、大きな組織の意識を変革させることの難しさを理解するときに学ぶ理論です。

この理論が私たちの社会や国にどう適用できるのか。
おそらく多くの方がすぐに理解されるのではないでしょうか。つまり、今の日本がまさしくそのとおりなんじゃないだろうか、ということです。

今日、私はフランスのスポーツ担当大臣が韓国で開かれる冬季オリンピックに選手団を派遣するのを拒むという小さなニュースを目にしました。また、どこか外国のバンドが9月に日本に来るはずだった演奏公演をプロモーターがキャンセルしたというニュースも目にしました。
つまり、世界の普通の感覚の人達からすれば、私たちが住むこの地はあり得ないほど危険だと認識されているということなのでしょう。
ここでは、フランスのスポーツ担当大臣が突然、熱湯に放り込まれたカエルですよね。もう一方といえば、私たちのことです。

2014年8月に書いた「終戦記念日」という記事の後半で私は、
「市長をはじめ、多くの日本人が、戦後ずっと平和だったと考えていると思います。
私もそうでした。でも、本当にそうなのでしょうか。
北朝鮮という国は、ずっと戦争をしている意識で様々な活動を行っています。当然、日本に対してもです。その結果、多くの日本人が拉致されてしまったのは周知のとおりです。」
と書きました。(この部分の初出が3年前でした。)
正直なところ、こうした考えを得たのはここ3年ほどのことなので、私自身がこれまでずっとゆでガエルになりつつあったんだろうな、と思っています。

ところで、こんなふうに茹で上がってきたのに、どうして誰も気づかずにずっと時間が経ってしまったのかということを考えると、そこにメディアが果たした役割は果てしなく大きいと、やはり考えざるを得ません。
(もちろん政治家の果たした役割も大きいでしょうが。)
私が考えるのは常に、正しいジャーナリズムが育っていれば、それは世の中の役に立つはずだという視点です。しかし、既存の新聞社やテレビ局がそのような役に立っているとは到底思えないのが、現実だと思っています。

というよりむしろ、日々、新聞やテレビは私たちをゆでガエルのままにしておこうとしているようにしか、思えないですね。それはなぜかというと、以前にも記しましたが、読者を変えてしまうと、自分たちのビジネスが成り立たなくなることを本能的に理解しているからだと思っています。

そんな「ゆでガエル」化を促進するための言葉だと思う例をひとつ。
「今はもっと話し合いをするべきときだ。」
よく社説の末尾の言葉で見かけますね。
いままでさんざんこうした言葉を見かけてきましたが、現実は悪化するばかりで推移しています。なぜそうなってしまうかといえば、こうした社説は綿密な分析のもとに書かれたものではなく、ただ常套句として使われているだけだからなのでしょう。
私たちが気をつけないといけない、つまり「メディア・リテラシー」を発揮しないといけないのは、盲目的にこうした言葉を信じるのではなく、自ら論理的に判断する力を持つということです。
これが、これまでに何度も私が使った「メディア・リテラシー」に関して、お伝えしたいことの第一です。


posted by y.i at 00:00| 3.メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする