2017年11月02日

朝日新聞

大学生の頃、ジャーナリストになりたいというささやかな希望というか、夢を持っていました。その頃の就職希望先の最上位にランクしていたのが、朝日新聞でした。その後、自分の中では夢かなわず、ジャパンタイムズという一般にはあまり知られていない小さな新聞社の、広告営業マンになりました。
ただ、そのジャパンタイムズと朝日新聞社とは、協力関係というか友好的な関係にあったことから業務上、よく朝日新聞の関係先を訪れることもありました。だから、サラリーマンの頃は朝日新聞社を近しく感じると共に、いい会社だとずっと思い続けていました。

しかし、数年前から、この会社に対する見方は180度、変わってしまいました。

それは、「個人としてジャーナリズムを発信する人」の言葉を、インターネットでフォローできるようになったことがとても大きいと思っています。

そして、今年に入ってからの森友・加計です。
例えば、加計のこと(”問題”とは、呼びません。ここで安易に”問題”と呼ぶのは愚かだと思います。)については、私は当初からこれを(政府の)問題(過失)として扱うのは無理があると発信してきました。
そして、6月1日付の「日々、疑問A」の記事では、「今後の展開を見ないと早計に判断はできませんが、朝日新聞は吉田証言のときとまた同じ道を歩んでいるのかもしれないと思っています。」と記しました。今、私が確信していることは、朝日新聞社は「吉田証言のときとまた同じ道を、”意図的に”歩んでいる」ということです。

今はもう、残念ながらこの会社を報道機関と呼ぶのは、完全に間違いだと考えています。

そのことを、私などが語るより、しっかりと論拠を示しながら正しく伝えている書籍が、10月下旬に発行された「『森友・加計事件』 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」(小川榮太郎著)です。

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この本の結びには、こう記されています。

「主犯は朝日新聞であり、強力な共犯者がNHKと文藝春秋だった。朝日新聞が使った駒は前文科次官の前川喜平であり、民進党などの反安倍野党である。彼らはそれぞれの思惑やイデオロギー的な理由から、安倍晋三を叩いたつもりかもしれない。だが、それは違う。
本当に破壊されたのはデモクラシーそのものであり、その基盤となるべき主力言論機関の信頼性である。
(中略)
半年間の彼らが量産した虚報が、本当にコケにし、否定したのは安倍晋三でも安倍政治でもない。日本の主権者たる国民であり、日本の民主主義そのものだったのである。」

この言葉は、まさしく私がこの半年間、ずっと感じてきたことそのものです。
大切なのは最後の2行。「(朝日新聞社が)本当にコケにし、否定したのは日本の主権者たる国民であり、日本の民主主義そのもの」というところです。

ほとんどの国民は、忙しい日々の生活や仕事があるから、いちいちこんなことを考えてはいないだろうと思います。けれど、特に今年に入ってからのマスメディアの暴走は、私たちやその子供たちの将来に、重大な影響を与えると思います。
わたしにとっては、「思う」というか、「真剣に危惧する」という認識です。





posted by y.i at 00:00| 3.メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする