2018年03月15日

失敗の本質 再掲

2月21日の記事について、できれば補足説明したほうがいいなと思っていた点が二つありました。そのひとつが、“(諸外国と比較しての)日本人の論理性の弱さ“と記した点です。
私は、日本人一人ひとりが本来(生来)持っている論理力が、弱いとは毛頭思っていません。しかし、今起こっている“この会社の騒動“を見ていても、やはり現実の問題として論理性の脆弱さを感じざるを得ないところです。

そのことを思って久しぶりに紐解いたのが、これまでも1、2度このブログでご紹介した「失敗の本質」という書籍です。

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この本は、私が太平洋戦争と思い込んでいた戦い(この点が、補足説明したほうがいいと思っていたもう一つの点なのですが)において、日本海軍が犯した失敗の原因を分析したもので、我が国の組織論を理解する上でも非常に参考になる本です。
その中に、次のような記述があります。

「およそ日本軍には、失敗の蓄積・伝播を組織的に行うリーダーシップもシステムも欠如していたというべきである。」(P325)

「ハワイ奇襲作戦に成功したのは日本軍であり、マレー沖海戦で英国の誇る『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』を航空攻撃で撃沈したのも、日本軍であった。
しかし、二つの敗退から学習したのは米軍であった。米軍は、それまであった大型戦艦建造計画を中止し、航空母艦と航空機の生産に全力を集中し、次第に優勢な機動部隊を作り上げていった。
ガダルカナル島での正面からの一斉突撃という日露戦争以来の戦法は、功を奏さなかったにもかかわらず、何度も繰り返し行われた。そればかりか、その後の戦場でも、この教条的戦法は墨守された。失敗した戦法、戦術、戦略を分析し、その改善策を探求し、それを組織の他の部分へも伝播していくということは、驚くほど実行されなかった。これは、物事を科学的、客観的に見るという基本姿勢が(日本軍に)決定的に欠けていたことを意味する。」(P326)

「また、組織学習にとって不可欠な情報の共有システムも欠如していた。日本軍の中では、自由闊達な議論が許容されることがなかったため、情報が個人や少数の人的ネットワーク内部に留まり、組織全体で知識や経験が共有されることが少なかった。」(p327)

「大東亜戦争中、一貫して日本軍は学習を怠った組織であった。これに対して、米軍は理論を尊重し、学習を重視した。」

2018年に生きていて、“この会社の騒動”を目の当たりにしている私はおもわず、これらの文章の中の「日本軍を“この会社“」、「米軍を”あるべき姿”」に置き換えて読んでしまいました。
失敗を重ねていた日本軍と同じ失敗を、現代を生きる私たち自身が続けているように、私には見えてしまっています。

もう一ついえば、そういうことを理解した上で、それを自分たちの都合のいいように利用している人たちもいるということじゃないでしょうか。







posted by y.i at 00:00| 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする