2018年03月22日

失敗の本質 再掲 A

3月15日に掲載した「失敗の本質 再掲」では、「大東亜戦争時の日本海軍が組織として、いかに学ぶことができずに同じ失敗をくりかえし、多大な損失を被ったか」、それと同じように現代を生きる私たち自身が同じ過ちを繰り返していること、例えば昨年の加計のことから何も学べていないことについて、記しました。
これは主に”組織”についての話でした。

一方、この本にはかつての日本海軍が犯したもう一つの失敗が詳しく記されています。
それは、”戦略”についてです。

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戦略上の失敗は、2つあります。
それは、「近視眼的な戦略思考しかなく、長期的なグランドデザインがなかったこと」と、「そもそも、戦略目的が非常に曖昧であったこと」です。

近視眼的な戦略思考については、次のような記述があります。
「日本軍の戦略志向は、短期的性格が強かった。」(P277)
これはつまり、長期的な視点や、大局的な視点をから戦略を構築する力が不足していたということ語っています。

「ガダルカナル島に揚陸中の米軍輸送団を沈め、その攻略作戦を挫折させるために展開された第一次ソロモン海戦のとき、三川艦隊は夜襲によって敵の重巡洋艦四隻撃沈、他に重巡一、駆逐艦二大破という敵主力を撃破する大戦果を挙げたが、作戦の主目的である輸送船団には一撃も加えないで引き揚げた。」

「長期的戦略を欠いた短期志向の戦略展開という点では、陸軍も例外ではなかった。それは、随所で見られた兵力の逐次投入に如実に表れている。ノモンハンでは、初動における投入兵力が過小であり、その後も兵力の逐次投入が行われたが、圧倒的に優勢なソ連軍を相手に多大な人的損害を累積するのみであった。」(P279.280)

「日本軍の短期決戦志向は、戦争全体を通じて抜きがたく個々の戦略を支配していた。」(P282)

「目的の曖昧さ」については、つぎのような記述があります。
「いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし、作戦目的が存在しなければならない。目的の曖昧な作戦は必ず失敗する。(中略)ところが、日本軍ではこうしたありうべからざることがしばしば起こった。」(P268)

「作戦目的の多義性、不明確性を生む最大の要因は、個々の作戦を有機的に結合し、戦争全体をできるだけ有利なうちに集結させるグランドデザインが欠如していたことにあることはいうまでもないであろう。」(P274)

「この点で、日本軍の失敗の過程は、主観と独善から希望的観測に依存する戦略目的が、戦争の現実と合理的論理によって漸次破壊されるプロセスであったということができる。」(P274)

ところで、いま大騒ぎしているこの森友文書なる問題。
既得権益を守りたい一心の、(長期的に見れば)もうすぐもっと部数を落としていくばかりの新聞社や、自らのことをエリートだと思い込んでいる省庁などが、国民を巻き込んでまったく嘘のストーリーを作り上げようとしているのがこの話の本質だと、私は思っています。

そんな彼らはもちろん非常に問題なのだけれど、一方で私たち自身がそんなものに振り回されてしまってはいけないと思います。
そんなことばかり続けていたら本当に、私たち自身が「近視眼的な戦略思考しかなく」、「物事を考え、進める上でのグランドデザインや戦略目的が非常に曖昧である」ことになってしまいます。


posted by y.i at 01:00| 1.日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする