2020年05月17日

「甘えてんじゃないわよ!」

だいぶ前に、たまたま見たドラマですぐに魅了された番組がありました。
「ストロベリー・ナイト」という、刑事ドラマです。
原作の小説は読んだことはなかったし、ふだん私はテレビのドラマはほとんどと見ないのですが、このドラマはほぼ例外の一つです。
以来、時々思い返してはみています。
前回見てからだいぶ間が空いてしまっていたのですが、今日は竹内結子演ずる主人公がよく発していたこの言葉を、久しぶりに思い出してしまいました。

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最初は、昨日、朝日新聞の記事を読んでいてそう思いました。
続いて今朝も朝の報道番組(たぶん)を見ていて同じことを思ったのです。


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「検事も人の子」 「出世」

率直な感想として、そんな気持ちで検事という専門職についてもらっていては、困るのです。

私の理解では、みんな、もっとしっかりとしたプロフェッショナリズムに基づいて、あがきながらも、それをとても大切なよりどころとして仕事をしているのです。
例えば、介護職の人を考えてみてください。
訪問した先のおじいさん(利用者さん)が昔、自分にいじわるした人だったとして、その人に対して手を抜いたサービスをするでしょうか?

でも、マスコミや野党や、検察庁OBの元えらい人たちは、自分の損得や好き嫌いで手抜きサービスをすることを前提に話を進めているように私には思えます。
それは、職業人としてのプライドや日本人のモラルを、軽視しすぎているように思えます。
まぁそうすることでしか、自分たちに都合のよいストーリーに持ち込めないのでしょうが。

もう一ついえると私が思うこと。
人は、自分が日頃考えているのと同じ意識レベルで、他者を見てしまうのではないでしょうか。
だから、そんなふうに他者を卑しく定義するということは、自らの卑しさを知らずのうちに示してしまっているのではないかと思います。

こんなことを私が思うのは、中小企業診断士という職業を選んで独立して仕事をするようになってから読んだ、波頭亮氏の次の言葉を今もずっと忘れずに仕事をしているからというのも理由の一つです。

「プロフェッショナルという言葉を聞いてまず思いうかべるのは、常人の域を遥かにこえた知識や技術の凄さであろうが、実はプロフェッショナルのプロフェッショナルたる本質は、神に誓う自らの使命であり、わが身に課す厳しい掟にあるのだ。プロフェッショナルの実質的な定義としての3つの要件以上に、公益に奉仕するという使命感と掟を守る自律心こそが重要なのである。」(P18)

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「正当なプロフェッショナルであるためには、世のため人のため、すなわち公益に寄与することを唯一の動機として働かなければならないのである。ー中略ー
言い換えるならば、深い知識や高い技術を個人の利得のために行使するのであればプロフェッショナルとは呼べないということである。高度な職能を有していても、私的な利益のために働いているのであれば、それは単なる有能なビジネスマンあるいは腕の良い技術屋でしかない。」(P19)

「だからこそ、プロフェッショナルには仕事をする上での厳しい掟が課せられている。
職業人として、何をなさねばならないのか、また何をしてはならないのかについて、絶対に守らなければならない鉄の掟が定められているのだ。」(P19)


新聞社・通信社に勤める皆さんは、ジャーナリストとしてのプロフェッショナルといえるでしょうか。
かつて私が勤めていた小さな新聞社には、 "All the news without fear or favor" という題字が掲げられていましたが、そうした題字(理念)を思いながら仕事をしている人が、今の日本にどれくらいいるのでしょう?

それと、もし中小企業診断士の方がこの記事を読んでおられたら、ぜひ上記の波頭さんの言葉を覚えておいてもらいたいと思います。



posted by y.i at 01:00| 1.日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする