2018年03月27日

水ぬるむ。

サラリーマン時代は会社が大阪にあったので、神戸に住んでいた私はずっと1時間以上の通勤時間でした。だから、三宮とかに勤務先があったら楽だろうなぁ・・と時々思ったりしたものでした。
ずっと定年まで続けていくはずだったサラリーマン生活におよそ10年前に終止符を打ってから、その頃には思っていなかった経験や時間の過ごし方をたくさんできるようになりました。

ささやかなことですが。そんな中の一コマ。
昨日は終日、地元・神戸で仕事。
事務所で作業をしたあとは、三宮の官庁へ。建物のすぐそばまで海が来ているところが神戸らしいです。

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夜は、中小企業診断士協会の会合で、協会事務所のある建物で意見交換をしていました。
その帰り道。

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車をほんの少し寄り道させたら、対岸にハーバーランドのきれいな明かりが輝く岸壁につきます。
寒い頃には思いつきもしませんが、この季節は岸壁にのんびり佇むだけで、ゆったりできます。

そして次の写真は、今朝の私の通勤路に面した公園の景色です。
まだ5部咲きくらいだと思うのですが、昼のランチに通りかかった時には、母子連れのグループがたくさん、木の下にシートを拡げていました。

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2018年03月22日

失敗の本質 再掲 A

3月15日に掲載した「失敗の本質 再掲」では、「大東亜戦争時の日本海軍が組織として、いかに学ぶことができずに同じ失敗をくりかえし、多大な損失を被ったか」、それと同じように現代を生きる私たち自身が同じ過ちを繰り返していること、例えば昨年の加計のことから何も学べていないことについて、記しました。
これは主に”組織”についての話でした。

一方、この本にはかつての日本海軍が犯したもう一つの失敗が詳しく記されています。
それは、”戦略”についてです。

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戦略上の失敗は、2つあります。
それは、「近視眼的な戦略思考しかなく、長期的なグランドデザインがなかったこと」と、「そもそも、戦略目的が非常に曖昧であったこと」です。

近視眼的な戦略思考については、次のような記述があります。
「日本軍の戦略志向は、短期的性格が強かった。」(P277)
これはつまり、長期的な視点や、大局的な視点をから戦略を構築する力が不足していたということ語っています。

「ガダルカナル島に揚陸中の米軍輸送団を沈め、その攻略作戦を挫折させるために展開された第一次ソロモン海戦のとき、三川艦隊は夜襲によって敵の重巡洋艦四隻撃沈、他に重巡一、駆逐艦二大破という敵主力を撃破する大戦果を挙げたが、作戦の主目的である輸送船団には一撃も加えないで引き揚げた。」

「長期的戦略を欠いた短期志向の戦略展開という点では、陸軍も例外ではなかった。それは、随所で見られた兵力の逐次投入に如実に表れている。ノモンハンでは、初動における投入兵力が過小であり、その後も兵力の逐次投入が行われたが、圧倒的に優勢なソ連軍を相手に多大な人的損害を累積するのみであった。」(P279.280)

「日本軍の短期決戦志向は、戦争全体を通じて抜きがたく個々の戦略を支配していた。」(P282)

「目的の曖昧さ」については、つぎのような記述があります。
「いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし、作戦目的が存在しなければならない。目的の曖昧な作戦は必ず失敗する。(中略)ところが、日本軍ではこうしたありうべからざることがしばしば起こった。」(P268)

「作戦目的の多義性、不明確性を生む最大の要因は、個々の作戦を有機的に結合し、戦争全体をできるだけ有利なうちに集結させるグランドデザインが欠如していたことにあることはいうまでもないであろう。」(P274)

「この点で、日本軍の失敗の過程は、主観と独善から希望的観測に依存する戦略目的が、戦争の現実と合理的論理によって漸次破壊されるプロセスであったということができる。」(P274)

ところで、いま大騒ぎしているこの森友文書なる問題。
既得権益を守りたい一心の、(長期的に見れば)もうすぐもっと部数を落としていくばかりの新聞社や、自らのことをエリートだと思い込んでいる省庁などが、国民を巻き込んでまったく嘘のストーリーを作り上げようとしているのがこの話の本質だと、私は思っています。

そんな彼らはもちろん非常に問題なのだけれど、一方で私たち自身がそんなものに振り回されてしまってはいけないと思います。
そんなことばかり続けていたら本当に、私たち自身が「近視眼的な戦略思考しかなく」、「物事を考え、進める上でのグランドデザインや戦略目的が非常に曖昧である」ことになってしまいます。


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だんだんと。春。

ここのところ、曇天が続き、気温もあまり上がりません。
だけど、春の息吹があちこちで感じられるようになりました。

うちのメダカのその後について。
冬の間は、分厚い氷の下で、生きているかどうかさえ分からなからない日々が続いていました。氷が張っていない日に上から覗いてみても、姿が全く見えませんでした。
しかし、この間、えさを与えると浮上してきて、元気に泳いでいる姿が確認できました。

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一昨日は、たぶんソメイヨシノだと思うのですが、すでに咲いている木にも出会いました。

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この日は、帰宅後、地元兵庫の地酒を美味しくいただきました。
左側の奥播磨は、春の季節商品なのかな。。

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2018年03月19日

やっぱり

今日は午前中、時間がとれたので、国会答弁をリアルタイムで見ていました。
そして今、朝日新聞のネット版を見たのですが。。

やっぱりとしか、言いようがないですね。
もう、救いようがないかもしれないなぁ…というのが、率直な印象です。
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2018年03月15日

失敗の本質 再掲

2月21日の記事について、できれば補足説明したほうがいいなと思っていた点が二つありました。そのひとつが、“(諸外国と比較しての)日本人の論理性の弱さ“と記した点です。
私は、日本人一人ひとりが本来(生来)持っている論理力が、弱いとは毛頭思っていません。しかし、今起こっている“この会社の騒動“を見ていても、やはり現実の問題として論理性の脆弱さを感じざるを得ないところです。

そのことを思って久しぶりに紐解いたのが、これまでも1、2度このブログでご紹介した「失敗の本質」という書籍です。

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この本は、私が太平洋戦争と思い込んでいた戦い(この点が、補足説明したほうがいいと思っていたもう一つの点なのですが)において、日本海軍が犯した失敗の原因を分析したもので、我が国の組織論を理解する上でも非常に参考になる本です。
その中に、次のような記述があります。

「およそ日本軍には、失敗の蓄積・伝播を組織的に行うリーダーシップもシステムも欠如していたというべきである。」(P325)

「ハワイ奇襲作戦に成功したのは日本軍であり、マレー沖海戦で英国の誇る『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』を航空攻撃で撃沈したのも、日本軍であった。
しかし、二つの敗退から学習したのは米軍であった。米軍は、それまであった大型戦艦建造計画を中止し、航空母艦と航空機の生産に全力を集中し、次第に優勢な機動部隊を作り上げていった。
ガダルカナル島での正面からの一斉突撃という日露戦争以来の戦法は、功を奏さなかったにもかかわらず、何度も繰り返し行われた。そればかりか、その後の戦場でも、この教条的戦法は墨守された。失敗した戦法、戦術、戦略を分析し、その改善策を探求し、それを組織の他の部分へも伝播していくということは、驚くほど実行されなかった。これは、物事を科学的、客観的に見るという基本姿勢が(日本軍に)決定的に欠けていたことを意味する。」(P326)

「また、組織学習にとって不可欠な情報の共有システムも欠如していた。日本軍の中では、自由闊達な議論が許容されることがなかったため、情報が個人や少数の人的ネットワーク内部に留まり、組織全体で知識や経験が共有されることが少なかった。」(p327)

「大東亜戦争中、一貫して日本軍は学習を怠った組織であった。これに対して、米軍は理論を尊重し、学習を重視した。」

2018年に生きていて、“この会社の騒動”を目の当たりにしている私はおもわず、これらの文章の中の「日本軍を“この会社“」、「米軍を”あるべき姿”」に置き換えて読んでしまいました。
失敗を重ねていた日本軍と同じ失敗を、現代を生きる私たち自身が続けているように、私には見えてしまっています。

もう一ついえば、そういうことを理解した上で、それを自分たちの都合のいいように利用している人たちもいるということじゃないでしょうか。







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2018年03月14日

問題の本質

週末のテレビでわりと著名なコメンテーターが、「問題の本質は官邸主導主義の陰である」とコメントしたそうです。
しかし、私の理解は違います。今回の(というかいつもの)騒動の本質は、「権力闘争」だと理解しています。

その権力は、今回は3つあります。
いつも私がたとえている企業でいえば、社長と、広報担当専務と、財務担当常務の派閥争いのようなものですね。
代々、取締役たちと仲良くやってきた歴代の社長とちがって、今いる社長は、就任当初から改革に意欲的な人でした。
そんなだから、社長と経費引き締め第一の財務担当常務の間ではこれまで、「ゾーゼイ」を巡って対立的関係にありました。
社内で隠然たる権力(既得権益)を持ってきた広報担当専務もまた、「社内を改革する! 今の体制のもととなっている経営理念も例外ではない。」「ホーソーホーを変えて、広報の体制も変更したい」と宣言した社長に対して危機感を抱き、ここ数年、大バトルを演じてきている状況です。

そんななか、広報担当専務が”得意の文章力”を使って、「経理課員の失策を確認した」と社内で発表したのがつい先日です。
この会社の社員たちは、長年の体質から、
「事実かどうか、自分の目で証拠を見てからしっかりと判断する」
「だれが、どのような意図で、その失策を犯したかを理性的に判断する」
「物事の軽重を客観的に判断する」
ということを考えるより、
「まず社内で配付されている社内報を信じる」という傾向があるようでした。

それを良いことに、専務の息がかかった広報やマーケティング職員たちが、「社長の責任は重大である」との社内報をじゃんじゃん、まき散らしているのが現状です。
なので、社内はその噂話で持ちきりです。長年、専務の鉄砲玉みたいな社員もいて、この人たちが先頭を切って、社長室に押しかけているのは、言うまでもありません。
現状では、”得意の文章力”をほんの少し駆使しただけで、社長の人気がどんどん下がっているので、専務一派はほくほくです。

同じ業界内では、強力なライバル企業が大攻勢を仕掛けてきているというのに。。。

どの派閥にも属さない、末端の一社員の私としては、もし本当に社長が何等かの意図をもって、経理課の中に手を入れて、操作をしていたという証拠が出てくれば、社長を非難するでしょう。
しかし、現在のところはそのようなものは見当たらないので、早くまともな会社に戻ってくれないかなぁ、と願っているところです。


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2018年03月09日

いつものパターン

いったい、いつまでこんなことを続けるのかと思います。

例えば、今、この記事を読んでいる方のなかで、加計学園のことのどこが、どう問題だったか、きちんと説明できる人がどれだけいるでしょう。あの話のどこが、どのように問題だったのでしょう。
現実的な話として、あのことはもうほとんど話題にもなっていません。

私は、2017年6月1日の「日々、疑問A」という記事で、こう記しました。
「今回の加計学園の記事が朝日新聞の第一面にセンセーショナルに一番最初に出たときも、その中身を読んで思ったことは、『この内容で記事にするのは無理だ』ということでした。」と。
その後の記事ではさらに私は、「前川文部事務次官の名前を、1年後に覚えている人はほとんどいないでしょう」とも書きました。あの当時(といっても去年のことです)、朝日新聞の記事にあれほど踊った前川氏の名前は、いまは露ほども私たちの目の前に現れてはきません。

そして再び、同じ構図で世間が騒いでいるようです。
思わず、ため息をつくしかありません。
いずれの場合もワンパターンで、朝日新聞が「疑惑である」と書きたて、それにつられて野党とテレビをはじめとするオールドメディアが大騒ぎ。

これまでこのブログでささやかながらお伝えしていることのひとつは、企業経営も国づくりも、根本はおなじということでした。
それでいうと、いい会社は意識が外に向いており、だめな会社は意識がいつも内向きで、部門間で互いの足のひっぱりあいばかりしているものです。

一省庁の作った文書について、ただの一私企業にしか過ぎない新聞社が、明確な根拠もなく示した記事に大騒ぎしている間に、外の世界では日本の安全保障にかかわる大きな問題が急展開しています。

このささやかなブログを見続けてくださっている方がいるとすれば、私が昨年の2月頃から、北朝鮮の脅威に大いに不安に思っていたことをご理解いただけるのではないかと思います。その観点から振り返ると、森友文書なるもので大騒ぎしている人たちは、私のような市民の不安について、一体どのように考えているのかと思ってしまいます。









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2018年02月27日

平成30年 春の最初の一日

数日前から暖かな気温が続いています。今日は13度だし、明日以降もこれを上回る気温が続くようです。例年、2月末日を終えてから家内と「やっと冬が終わったね」という会話を交わすのですが、今年は私の中ではすこし早く春がやってきた気分です。

1月、2月はなぜか慌ただしく日が過ぎてブログの更新もなかなかできなかったのですが、ここにきてやっと少し仕事も落ち着き気味に。
それで今日は終日、自分の事務所にこもっていろいろな書類作成などをしていました。

夕方に一区切りつけて、近くのフィットネスクラブで少し運動。
このマシンは、主に肩と上腕を鍛えるものです。
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帰宅してからメールを開くと、とある経営者さまからお礼のメールが入っていました。
そのお礼というのは、私個人に向けられたものではありません。
私が10年前に独立して以来、ずっと続けていた公的な仕事があります。「おおさか地域創造ファンド」というプロジェクトのコーディネーターという役職です。その「おおさか地域創造ファンド」がこの2月を持って、すべてのプログラムを修了しました。
その経営者さまは、私がそのプロジェクトの中で微力ながらご支援させていただいていた方で、私だけでなく、すべての関係者へのお礼としてメールをくださっていたものです。
ただ、開封して拝見するとその文面はとてもありがたいもので、ご許可をいただいていないので内容はお伝えできませんが、本当にその方のお人柄が表れた誠実で、心のこもった文面でした。

そして、改めて思ったこと。
それは、この仕事についていて本当に良かったなぁということです。
私は、研修の仕事とコンサルティングの仕事とおよそ半々でしています。
それぞれに魅力ある仕事なのですが、今回のようなコンサルティングの仕事の場合は、支援対象となった人々と、人と人としてその場限りではない長い時間軸の中で、深くそして親しくお付き合いできることがありがたいと思っています。
その上で、ずっと信頼していただけるということが、不肖ながら私にとってはコンサルタントとしての喜びであり、誇りでもあります。

この歳になっても時々思うことがあります。
それは、人は何のために仕事をし、生きているのかということ。

例えばもうすぐ、また例のものづくり補助金なるものが公表され、多くのコンサルタントや士業関係者が集客活動をすると思います。ネットで少しキーワードを打ち込むと、私とおなじ中小企業診断士がたくさん、ものづくり補助金の仕事ができますとPRしています。
そういう方たちの多くは謝礼として、成功報酬という形で助成額の10%を受け取るそうです。
私からすれば、あの仕事で助成額の10%(多くは100万円ですね)は、受け取りすぎだという認識です。着手金を取る人は、これ以上の報酬になります。
普通、こうした方々は、1社しか仕事を受けないということはなく、この時期に集中して(下請けの若手の中小企業診断士もフル活用しながら)複数の仕事を受けているので、この金額はおそらく数倍にふくらんでいることでしょう。
ただ、ここで思うこと。
それは、本来は市場(事業者)に還元すべきお金を、官庁から資格認定された者があまりに多額に受け取っていいのかというモラル上の疑念を感じざるを得ないということです。国をはじめ、この制度に関わる人々は、もっとこの点について考えてもらった方がいいと、私は思うのですが。
資格認定された者が、「事業者の弱みにつけこんで大金をかすめ取っているという印象」を、私はどうしても持ってしまっているのです。
だから、私はそのような多額に過ぎる謝金を受け取る仕事はしません。

そんなことよりもっと大切なことは、「自分が死ぬときもしくは死んだあと、あの人は何を考え、どんな仕事をしたかということを覚えてもらうこと」じゃないかと思います。
少なくとも私は、「ものづくり補助金でたくさん稼いだ中小企業診断士」として記憶されたくはありません。

だからこそ、今日いただいたような、ひとつの心のこもったメールが、とてもありがたいと思っています。






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2018年02月21日

憲法改正論議

年が明けてから急に、メディアで憲法改正の論議が溢れるようになっています。
これだけで10年ほど前、というより4、5年前と比べても、隔世の感だと思います。といっても、私も10年程前まで、憲法のことなんか何も考えていなかったのですが。。

しかし、今年はひょっとしたら、本当に年内に憲法改正のための国民投票まで、行くかもしれません。
そのことを考えると、次の2つはとても重要なことです。

1.ひとりの主権者として、憲法のことを、どこまで真剣に考えるか。
2.どのメディアの、どの言葉を、どのように解釈し、信じるか。

1.についての私の基本的なスタンスは、すでに2016年6月28日の「会社作りも、国作りも同じ」という記事で、お伝えしています。
これを一言で言えば、「憲法は、権力者を縛るもの」ではなく、「もっと自由にのびのびと、国の将来の発展に資するもの」ということです。
しかし、おそらく間違いなく、これまでの成功体験や既存の価値感にひたり続けていたい人物や組織は、「憲法は、権力者を縛るもの」というロジックを繰り広げ続けるでしょう。
こうした、”一見尤もらしい意見”が、人と組織の発展や変革を阻むのだと思います。

そして、日本人は、その生真面目さや多様性の少なさ、若しくは社会に強く根付いている同調圧力等々に由来する(諸外国と比較しての)論理性の弱さなどから、こうした”一見尤もらしい意見”に流されやすい傾向があると思います。
こうしたことが、例えば、先の大戦、つまりいわゆる”太平洋戦争”の結果にも大きく影響したのだろうと思います。
したがって、”一見尤もらしい意見”を克服できるかどうかが、70数年前の失敗を繰り返さないための、大きなカギになると思います。

もっとシンプルに考えると、生き残るのは強い組織ではなく、変化に対応できる組織だということ。
それだけです。






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2018年01月17日

117

阪神淡路大震災が起こったのは、1995年(平成7年)でした。あれから、23年が経ったのですね。
時刻は、5時46分でした。
当時、私は西宮の高層住宅に住んでいたのですが、建物がそのまま傾いて、倒れていくんじゃないかという恐ろしい錯覚に陥ったものでした。一通りの揺れが収まった後、廊下に出て西、つまり神戸方面を見たとき、幾筋もの黒煙が上がっていた光景が、いまも忘れられません。

余談ですが、身重だった妻はその後、伊丹空港から小さなプロペラ機で実家に戻したのですが、途中の道路はめちゃくちゃでした。そのほぼ2か月後に、地下鉄サリン事件が起こり、私の息子はその当日に生まれました。

何年経ってもやはり、神戸人にとっては忘れられない117です。



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2018年01月16日

厳寒期

季節は真冬。
今日は少し気温が上がるみたいですが、寒い日々が続きますね。
数日前は、朝起きてベランダの、メダカの睡蓮鉢を見てみたら、氷が張っていました。これじゃあ、酸欠になってしまうかもしれないと思い、急いでレスキュー。
でも、簡単に割れるかと思ったのですが、素手では無理で、結局ドライバーを使いました。

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厚さを測ってみると、2pほどありました。

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でも、同じ日、バス停から見上げた空は、果てしなく青くて、とても美しく。
四季のある日本はやはり、素晴らしいですね。

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2018年01月09日

今年の初訪問

今日は、年が明けて初めての企業さまへの訪問でした。

その企業さまでは、年末にとあるプロジェクトを進めており、ご訪問してからその結果を確認しました。状況としては、思っていた以上の結果が出せたと思います。
本来なら、「よかったですね」と共に喜んでいい状況だったのかもしれません。
しかし、実際には、私個人として一緒に喜ぶという感じではなかったです。なにより、

@まだ、やるべきことが残っている、そのことを客観的な視点からお伝えしないと。
Aで、今回のプロジェクトでの学びは何なのか。今後それをどう活かしていくのか。

といったことを、真剣に考えないといけないという思いで一杯だったからです。

ホームページのほうでは、ちょうど今日、「戦う風土」という言葉について書きました
良い風土も大切ですが、戦う風土も同じように大切だなぁと、改めて思います。
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